熊本大学大学院 竹内裕希子 教授【震災からの学びを形に!熊本大学考案の「避難所初動運営キット」】

熊本大学大学院 先端科学研究部 竹内裕希子教授に独自インタビュー

2024年1月1日に起きた能登半島地震や、今後の南海トラフ地震などの大規模な災害に備えることの重要性が増しています。

そこでこの記事では、災害から生命を守るための心構えについて、熊本大学大学院の竹内裕希子教授に独自インタビューさせていただきました。竹内教授は、幅広い視点から災害に関する知識や対策を議論し、実践につなげています。

特に興味深いのは、2016年の熊本地震から得た学びを元に開発された「避難所初動運営キット」の全貌です。このキットは、災害時の初動運営に役立つ実践的な取り組みであり、その詳細や開発された経緯についてもお伺いしました。

竹内裕希子教授の紹介
熊本大学大学院 竹内裕希子教授

熊本大学大学院 先端科学研究部
竹内裕希子(たけうち ゆきこ)教授

地理学、リスクマネジメントの視点から地域防災・防災教育を研究。

関東大震災を経験した祖父の教えから、通学や日常生活でも防災を意識しながら育った。

熊本地震の避難所のヒアリング経験から、初動に必要なものを厳選した「避難所初動運営キット」を開発した。

地域防災の本質と重要性

TLG GROUP編集部:竹内様の専門は地域防災や防災教育であると存じておりますが、地域防災とは具体的にどのようなものであり、どのような目的や意義があるのでしょうか。

竹内教授:防災は想定される状況に備えて損害を最小限に抑えることを目指すものです。しかし、災害の種類や地域の成り立ち、営為は異なるので、防災は日本全体に一様に適用される形態ではなく、地域ごとに異なる取り組みが求められます。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。地域防災における最も重要な要素は何だとお考えですか。

竹内教授:各地域の特性や、個々の課題や能力に応じて、防災のアプローチをカスタマイズしていくことが地域防災において非常に重要です。

例えば、自然災害の種類や、地域の地形や都市構造など地域が成り立っている要素を考慮しながら、防災・減災を進めていくことが大切でしょう。

地域について最も詳しい地域住民が参加し、地域の特性を踏まえながら、自分たちに見合った防災スタイルにカスタマイズしていくことが地域防災において必要です。

防災における3つの柱「情報」「モノ」「つながり」

TLG GROUP編集部:竹内様は大学の講義などで、「情報の備え」「モノの備え」「つながりの備え」という3つの備えの重要性についてお話しになっていると聞いておりますが、具体的な内容について教えていただけますか。

竹内教授:防災については、非常袋や備蓄品など目に見えるものがよく取り上げられますね。ただし、これらを用意する際は、まず自分が住んでいる地域や、どのような災害にどのような状況で備えが必要になるかを理解することが重要です。

例えば、備蓄食料品においては、最低でも3日分、出来れば1週間分の食料を確保することが推奨されていますが、これは家族構成や個々の好み・食習慣によって異なります。

また、そういった点を過剰に気にして、多くの非常袋や備蓄品を備えていたとしても、地震で崩れて取り出せない場所にあったり、浸水で壊れてしまったりすると、備えが無駄になってしまいます。

したがって、ただ単に非常袋や備蓄品を備えるだけではなく、それをどのように活用するか、また、どのような状況で使用するかを事前に考えることが必要です。

つまり、行動計画を立てたり、自身に必要な物資を把握する判断材料として、まずは情報を備えるべきでしょう。

例えば、自宅を建てたばかりで、耐震性は問題ないため在宅避難を希望する場合でも、自分の考えだけで判断するのではなく、ハザードマップや建物の耐震性を調べ、在宅避難時の課題を把握することが重要です。

食料や水以外にも、トイレや通信機器など停電や断水、ガス供給停止などに備える必要があります。さらに、避難所で使用する物資と、自宅避難時や車中泊時に使用する物資は異なるため、どこに避難するかで備えの内容が異なってきます。

また、モノの備えだけでなく、つながりの備えも重要です。1人で全てを対処することは難しいため、地域やコミュニティ、親戚や知人などとの連携や情報共有が欠かせません。非常時に限らず、日常から人とのつながりを築いておくことが、災害時における支えとなります。

要するに、防災の準備は情報の収集と整理から始まり、モノの備え、そしてつながりの確保に繋がることが重要です。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。この3つの備えをバランスよく整えることで、より安全かつ効果的な防災対策が可能となるのですね。

また、一人暮らしや移動頻度の高い方々にとって、つながりの備えは難しい側面もあるかと思いますが、そういった方はどのようにすれば良いでしょうか。

竹内教授:そうですね。地域防災の観点からは、これまで培ってきた地域のコミュニティや既存のつながりを活かして備えることが可能ですが、新たに移動してきた人や外部から来る人々にとっては、コミュニティにすぐに参加することが難しいこともあります。

しかし、ここで言うつながりというのは必ずしも物理的に近くにいることや顔を見ることに限定されず、オンラインや普段のコミュニケーションを通じたつながりも含まれます。そう考えると、今の時点で既に色々なつながりがあるのではないかと思います。

例えば、学校に行くとか、職場に行くとか、バイトをしているとか、趣味も含めて、既に色々なつながりがあるでしょう。

また、SNSなどのオンラインツールを活用することで、距離を超えてつながりを持つことも可能です。このようなオンラインでのつながりも、災害時に役立つことがありますので、それも含めて考えると良いのではないでしょうか。

防災のために特別に繋がるのではなく、日常生活を守るために繋がることが大切ですので、普段にプラスアルファで防災を考えてもらいたいと思っています。

熊本大学考案「避難所初動運営キット」の全貌に迫る​

TLG GROUP編集部:2016年、熊本県では最大震度7を2回も記録する痛ましい震災「熊本地震」が発生しました。

震災後の調査で明らかになった課題を元に、竹内様が考案された「避難所初動運営キット」について、このキットを作るに至った経緯などをお聞きできますでしょうか。

竹内教授:私は熊本地震の前にも災害被災地の調査を行っており、特に災害時の学校の救援についても研究しています。子どもたちにどのような教育を行うかは重要ですが、同時に学校の教職員がどのような状況に陥るか、学校施設がどのような課題に直面するかを調査してきました。

学校は地域の公共施設であり、そのほとんどが避難所に指定されます。指定されていなくても、災害時に人々が集まり後から避難所の指定を受けることもあり、実際に熊本地震でもそういうケースがありました。

このような調査をしていく中で、学校の先生方が避難所の運営者になっていたということが多くありました。

そこで、そもそも避難所の課題は何なのか、どうして先生方は避難所の運営に関わり続けていたのだろうかに焦点を当て新たな調査を行っていました。

また、私は自主防災組織についても研究していましたので、熊本地震で自主防災組織の方々がどのように行動したかを調査していました。

防災における情報、モノ、つながりの3つの柱をお話ししましたが、災害現場でつながりをいきなり構築することは容易ではありませんが、学校と地域は、特に小中学校と地域の自治会は緊密なコミュニケーションが平時から存在しており、それが災害を乗り越える一因となっていました。

しかし、情報においては、発災後は目の前にある情報しか共有できず、整理することが困難でした。

また、様々なモノが不足しており、特に発災から3日間の初動期が深刻でした。飲料水や食料、トイレなどの不足は一般的に挙げられます。

避難所での自分の立場を示すビフスや受付を作ろうと思っても筆記用具がなく名簿も作成できなかったり、支援物資が届いた際には、開封用のカッターや軍手が不足しており、手作業での開封作業が手傷や肌荒れを引き起こす事例が複数ありました。

そういったことから、避難所において非常袋にあたる避難所袋のようなモノが不足している可能性があると考えました。

また、現場において、実際に物資があれば多くの課題が解決されるケースが多くありました。災害時に必要な最低限の道具があれば、避難所の初期設定と運営において課題が少なくなる可能性があります。

そこで、ヒアリングの中から、「あると便利だった」「これがあればよかった」という共通点を見つけ、それらを集めて「避難所初動運営キット」を作りました。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。キットの内容についても具体的にお伺いできますか。

竹内教授:避難所初動運営キットには25点の道具が含まれており、4つの目的を持っています。

まず初めに、避難所内の間取りを作るための道具です。現場ではなかなか通路や居住空間を区切ることが出来なかったという課題も多かったので、間取りを作ることを支援します。

次に、人を誘導するための道具です。声を張り上げて誘導したり、段ボールを丸めてメガホンを作ったりもしていたので、必要であると判断しました。

そして救援者を把握する受付で使用する道具です。さらに、情報共有を促進する道具として、外部からの支援を受ける際にも役立つ道具も含まれています。

具体的には、避難所が運営されてから3日目以降から多くの支援が入るのですが、初期の設営がその後に大きく影響しますので、その時期を支援できるようにと考えています。

TLG GROUP編集部:実際に皆さんが現地で感じた課題を基に道具が揃えられていることから、このキットは説得力がありますね。

また、このキットはしっかりとしたコンテナに収められていますが、ケースとしてコンテナを選ばれた理由などもございますか。

竹内教授:現地にテーブルなどがない場合に、受付として利用できるように、大きなコンテナで蓋が平なものを選んでいます。

TLG GROUP編集部:なるほど、それは便利ですね!被災地で机を探すのも結構大変ですもんね。

竹内教授:そうですね。熊本地震では余震が頻発し、建物に入ることがとても危険でした。

そのため、必要な物があっても取りに行けない、鉛筆を持っていても紙がなかったり、紙があってもハサミがなかったりするということがありました。探し物が容易ではない状況でしたね。

ですから、少なくとも1つの丈夫なコンテナにまとめておけば、余震で混乱した場合でも壊れたり蓋が開いたりすることなく、最低限受付を作ることができるので、それが支援になるだろうと考えています。

また、「初動」という言葉を入れて「避難所初動運営キット」という名称にしたのは、混乱期において地元の人々だけがいる状況で、外部からの支援が到着するまでの間、避難所を効果的に運営するためのキットであることを強調したかったからです。

TLG GROUP編集部:避難されている方々にとって、混乱期にこういったツールが用意されていると非常に心強いですね。

竹内教授:そうですね。混乱期には冷静な話し合いは難しいので、物資を配布したり、受付を設置したり、場所を整えたりするための道具があると便利だと考えました。

また、避難所初動運営キットには約20枚のカードが含まれています。例えば、授乳室や更衣室を作ることを忘れてしまうと、必要とする当事者の方は困ってしまいます。やむ無く人前で授乳をしたり着替えたりする状況に立たされた方のお話も多々ありました。

カードがあれば、授乳室や更衣室をどこに作るのか議論しやすくなります。それによって、当事者以外の人々もその問題に気づき、自発的に対処することができるでしょう。このような仕組みが、解決のきっかけとなることを期待しています。

TLG GROUP編集部:出産されたばかりの方々は不安でしょうし、避難所にそのような施設があるというのは非常に安心できますね。

竹内教授:そうですね。私も2016年に熊本地震が起きた年に出産しました。私は4月に出産しましたが、ちょうど3月の終わりに産休を取得して熊本を離れていたので、地震の揺れを経験することはありませんでしたが、妊婦であることだけでも非常に大変なことです。

特に、初めての出産の方々はただでさえどうすれば良いか分からない不安な中で、さらに被災してしまった場合は、大きな不安を抱きながらも自分の困りごとを言いにくくなります。自分の要望を言うことができない状況で、不安な気持ちがさらに増します。

例えば、「授乳室が欲しい」と思っても、避難所には怪我をされた方や病気の方、家が全壊された方、家族を亡くされた方など、様々な状況の方々がいらっしゃいます。その中で、多くの人が自分の要望を言えずに我慢してしまうことがあります。

しかし、この後でそれが大きな課題となることが、過去の災害の調査からも明らかです。したがって、初期段階でのストレスや課題を軽減するための工夫が重要だと考えています。

この避難所初動運営キットは8割完成品であり、残りの2割は地域の皆さんと協力して訓練を行い、必要な物資を足し引きしていくことを提案しています。

避難所の数だけ広さや条件、ニーズが異なりますから、叩き台としての8割を用意し、残りの2割を地域の皆さんで訓練などを通して必要なものを足し引きして完成させることで、より具体的な準備ができると考えています。

例えば、このキットにはブルーシートが1枚しか入っていないのですが、追加で何枚購入するかを検討したり、体育館の広さが不十分であれば、他の教室や施設を活用するための連絡や協議が学校などで必要になります。

このように、残りの2割を地域の皆さんに考えていただくことで、避難所に関するコミュニケーションを促進させるような手助けになればという風に思っています。

TLG GROUP編集部:地域の皆さんが関わることで、完成度も高まりますね。

竹内教授:そうですね。皆さんが関わったことで自分たちのものになり、より使いやすい道具になると考えています。

また、他者が製作したものについては「これが含まれているため機能しない」「使い勝手が悪い」といった感想を述べることがありますが、自らの手で調整しているので言い訳が難しくなります。

防災や避難所に関する問題については、直接話し合う機会が少ないですし、防災士などがいるとは限りません。そのため、自信を持って対応することは容易ではありません。

しかし、8割という半端な完成度に留めて、ある意味では不完全さに対してツッコミどころ満載にしておくことによって、コミュニケーションが生まれやすくなると考えています。

ただ、この8割の準備を顔が見える関係がある人が行うと、意見が述べにくかったり、不足があった時に準備を行った人は非常に責任を感じることでしょう。

一方で、地域の外の人が提案したものに対しては、「色々不十分だな」「大して使えないな」など、共通の敵として一致団結して議論することができるのではないかと思っています。大切なのは当事者が皆で同じ方向を意識して議論することです。

TLG GROUP編集部:素敵なご考察ですね。確かに、被災した際に8割の準備をした人が非難されてしまうのは悲しいことですし、その場にいない誰かが考案したものなら色々と議論ができて、コミュニケーションが活性化するきっかけになりそうです。

大切なのは「備えることを恥ずかしがらない」こと

TLG GROUP編集部:今年の1月1日に能登半島地震が発生しましたが、南海トラフ地震などの大規模な地震が近い将来に発生する可能性が指摘されていますね。

最後に、今回のインタビュー記事を読む読者に向けて、災害から自らの命を守るための心構えについてメッセージをお願いします。

竹内教授:重要なのは、備えることを恥じることなく取り組むことです。自らの安全を過信しすぎる心理的バイアスについては社会心理学でもよく取り上げられますが、備えを怠らず、何が起ころうとも対応できるように準備することは、むしろかっこいいことだと思います。

一部の人々は、備えが過剰だと感じてそれをやめてしまったり、大げさだと捉えてしまったりする傾向があります。ですから、備えることを恥じることなく進めていくことが大切だと思います。

また、知ることは防災の出発点となります。心構えとまで言えないかもしれませんが、知識を持たずに災害に直面した際、「こんなことが起こるとは思わなかった」という状況になると、次の行動が非常に困難になります。

災害に遭遇することは辛いことですが、そのような場所で災害が発生する可能性があることを知っておくことは重要です。過去の災害から学び、自分ごととして捉え、その状況にどのように対処すべきかを考えることは、心の準備となります。

防災はただヘルメットをかぶり、非常袋を持つだけではありません。知らない方がよかったと思うこともあるかもしれませんが、知ることで自らの心構えを整えることができ、不安を軽減する手助けとなります。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。実際にはパニックに陥ることもあるかもしれませんが、備えがあることで心に余裕を持つことができますね。

竹内教授:そう思います。なので、私たちは大学でデジタルアーカイブを構築し、災害の記録を保存し活用する取り組みを行っています。これによって災害の経験を伝え、学び、次に備えるということをテーマに活動を展開しています。

伝える、学ぶで終わるのではなく、次に備えるというサイクルが重要です。しかし、その前提として知識を得ることが欠かせませんので、知識の獲得が重要だと考えています。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。竹内教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 地域防災は、地域ごとの特性や課題に合わせてアプローチを調整し、地域住民が主体となって防災活動を進めることが不可欠である。
  • 防災における3つの備え(情報の備え、モノの備え、つながりの備え)とは、情報の収集と整理から始まり、物資の備えとつながりの確保に繋がることが重要であることを意味する。
  • 移動頻度の高い方や一人暮らしの方にとっては、オンラインを活用してつながりをつくることも可能であり、日常生活から防災を考えることが重要である。
  • 「避難所初動運営キット」は、避難所内のレイアウト作成、安全な誘導、情報共有の促進、外部支援の調整など4つの目的を踏まえて開発されており、25の道具が含まれている。
  • キットは意図的に80%完成の状態であり、残りの20%は地域社会がカスタマイズし、独自の状況に応じて必要なアイテムを追加することで、災害時のコミュニケーションの活性化が期待される。
  • 災害への備えを恥じることなく、過去の経験から学び、将来の災害に備えるための継続的な準備と学習をすることが重要である。

今回のインタビューを通じて、災害から自らの命を守るための心構えについて学びました。災害に対する理解と備えは、私たちの安全と安心につながる重要な要素です。

将来大きな災害が発生する可能性を考慮して、備えることを恥じるのではなく、何が起ころうとも対応できるように意識しましょう。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年5月5日