平成29年に告示された新学習指導要領において、小学校では2020年度、中学校では2021年度からプログラミング教育が必修化されるようになりました。
そんな中、手軽にプログラミングを楽しめる教材として、スクラッチ(Scratch)が注目されています。
この記事では、スクラッチ本を多数出版されている東京情報大学の松下孝太郎教授に未来を創るビジュアルプログラミングについて独自インタビューさせていただきました。
東京情報大学 総合情報学部 総合情報学科
松下孝太郎 (まつした こうたろう) 教授
横浜国立大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得後、(学校法人東京農業大学)東京情報大学環境情報学科にて講師を務める。
その後、2009年より同大学で准教授を経て2016年より現職。2023年から東京情報大学総合情報研究所所長を兼任。
研究分野は画像工学・コンピュータグラフィックス・教育工学。
著書として『スクラッチプログラミングゲーム大全集』(2023)、『スクラッチプログラミング事例大全集』(2020)、『やさしくわかるデジタル時代の情報モラル』(2020)など多数。特に、スクラッチプログラミング関連の書籍では海外からも翻訳版が出版されるなど著名である。
その他、プログラミング教育、シニアや留学生へのICT教育にも注力しており、サイエンスライターとしても活躍中。
スクラッチプログラミングを活用した教材開発の目的
TLG GROUP編集部:松下教授はスクラッチプログラミングに関する書籍を多数出版されていますが、そもそもスクラッチとはどういったものなのでしょうか?
松下教授:スクラッチとは、数あるプログラミング言語の中でも「ビジュアルプログラミング言語」というものに分類されるプログラミング言語です。
普通、プログラミング言語と聞くと、キーボードでコードを入力してプログラムを作成するというイメージを持っている方も多いでしょう。
近年は、技術開発が進んで直接コードを入力しなくてもブロックを繋ぐだけでプログラミングができるビジュアルプログラミング言語が開発されました。
スクラッチの主な特徴としては、プログラミング経験がない人や子供でも気軽にプログラミングを始めやすいということが挙げられます。
TLG GROUP編集部:ブロックを繋ぐだけなら直感的に操作ができそうですね!そういったスクラッチプログラミング言語を使用した教材の研究開発をされている目的は何なのでしょうか。
松下教授:私がスクラッチに関する本の執筆や、教育研究に力を入れるようになったのは、学校教育においてプログラミング教育が重視されるようになったことがきっかけです。
例えば、2020年度から小学校でのプログラミング教育が必修化され、その中でもスクラッチは多くの学校で利用されるようになりました。
これらのプログラミング教育は、各教科の中においてプログラミング的なものを取り込んでいくために導入されたものであり、必ずしもプログラミング技術の修得を目指すものではありません。
しかし、教育の中で実際にプログラミングを行うシーンはありますし、先生やご家族の方、もしくは子供自身がプログラミング教材を作りたいと考えることもあるでしょう。
そのような時にスクラッチを利用すれば、手軽にプログラミングを始めることができるようになるのです。
このように、スクラッチによって、より多くの人にプログラミングに興味を持ってもらうことが現在の目標の1つです。
TLG GROUP編集部:プログラミングと聞くと敷居が高そうにも思えますが、スクラッチであれば気軽に始めることができそうです。松下教授が執筆された『親子でかんたんスクラッチプログラミングの図鑑【Scratch3.0対応版】』をはじめとした書籍も非常に人気だと伺っています。
松下教授:そうですね。嬉しいことに、どの書籍も販売好調となっています。小学校の図書館や学校にもかなり導入していただいていて、多くの方に使っていただいております。
他にも、大学の近隣にある小学校の先生方に対するプログラミングのトレーニングや、小学校をはじめとした学校での特別講義などを行う機会が増えています。
このように、多岐に渡って成果が出ています。
松下孝太郎, 山本光『親子でかんたんスクラッチプログラミングの図鑑』, 技術評論社 (2019)
TLG GROUP編集部:素晴らしいですね!ちなみに、松下教授がスクラッチに興味を持たれたきっかけはどういったものなのでしょうか?
松下教授:私がビジュアルプログラミング言語に興味を持つようになったのは、ビジュアルプログラミング言語が注目されるようになった2010年代半ば頃からです。
また、小学校におけるプログラミング教育の必修化が控えておりましたので、その点でも研究し甲斐がありそうだと思いました。そして、何より「面白そうだ」と感じたことがきっかけで今も研究を続けています。
TLG GROUP編集部:初期段階からスクラッチに注目されていたのですね。従来のプログラミングとビジュアルプログラミングにはそれぞれどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
松下教授:例えば、子供にプログラミングをやらせるのであれば、ビジュアルプログラミング言語が適しているだろうと思います。
多くのプログラミング言語では英語に類似したコードを入力してプログラムを作成しますが、学習が進んでいる子でなければ、コードを入力する形式のプログラミングは難しいと思います。
一方、ブロックを繋げていくだけであれば低学年の子供もプログラミングを始めやすいはずです。これによってアルゴリズム基礎を身に着けることもできるため、そういった点ではビジュアルプログラミング言語というのはとても優れていると思います。
もちろん、コードを入力する形式のプログラミング言語も優れていないわけではありません。コンピュータグラフィックスや数値解析、AIプログラミングをするならコードを入力する形式のプログラミング言語の方が適しているでしょう。
つまり、プログラミングをする目的によってどちらを使うべきかが変わってくるのです。一概にどちらが優れているとは言えないので、プログラミングで何を実現したいのかという点を意識していただくのが良いと思います。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。私も実際にスクラッチに触れてみたことがありますが、ゲームのように楽しみながらできたので、プログラミングに苦手意識がある方には是非一度使ってみてほしいです。
スクラッチ技術を活用した学生プロジェクト
TLG GROUP編集部:松下教授の研究室では、ビジュアルプログラミングや画像処理、AIと教育への応用などについて研究されていると伺っています。現在、研究室に所属している学生の方々はどういったことに取り組まれているのでしょうか?
松下教授:数学や物理学に代表されるような未解決問題を解決するというより、社会に早くコミットできて役に立つものを研究・開発することに取り組んでいます。
特に、プログラミングが得意でなかったり、あまり興味がなかったりする人に向けて、「どうしたらプログラミングに興味を持ってもらえるのか」を多くの学生と一緒に考えています。
TLG GROUP編集部:そうなのですね。プログラミングに興味を持ってもらうための取り組みとして、実際に行われたことなどはあるのでしょうか。
松下教授:そうですね。最近の取り組みだと、スクラッチで特殊な環境を用意しなくても動画を扱えるようにする方法を研究報告しました。
スクラッチはもともと画像と音声は扱える仕様になっているので、すでに発表した動画を扱う方法も併せると、様々な形式の素材を扱うことができます。さらに、近年普及してきた生成系AIなども融合させればプログラミングはもっと自由に、もっと楽しくなるはずです。
このように、画像や動画、音声などを融合したものを私たちは「コンテンツ利用プログラミング」と言っています。
この先、コンテンツ利用プログラミングの研究が進展していけば、スマートフォンで撮影した写真や動画をプログラミングに取り入れ、オリジナルの作品を作ることができるようになります。この体験を通じて、より多くの人にプログラミングに対する興味を持ってもらえるだろうと考えているのです。
TLG GROUP編集部:オリジナルの作品が作れるのというのは確かに魅力的ですね!具体的に、コンテンツ利用プログラミングによってどういったものを作れるのでしょうか?
松下教授:例えば、公園の景色を撮影し、それを地図と合わせてみるとします。そして、地図上の特定の場所をクリックした際に、そこから見た景色の画像と解説が出てくるようになるのです。
このようなスクラッチを用いた地域の案内などは、小学校をはじめとした学校や、学会などから高い評価を受けています。
また、個人的には電子絵本が取り組みやすく、面白いと思っています。最近は生成系AIが普及してきたので、これらのAIを活用して画像などのコンテンツを作り、生成されたものをスクラッチで動かすとオリジナルの電子絵本ができるのです。
このように、コンテンツ利用プログラミングであればプログラミングだけでなく、AIやアルゴリズムの勉強もできるようになります。
TLG GROUP編集部:このようなコンテンツ利用プログラミングが今後普及していく中で、地域や社会にはどのような影響があるのでしょうか。
松下教授:コンテンツ利用プログラミングは一人で作り上げるだけではなく、みんなで作品・コンテンツを作ることもできます。
先ほどもお話したように、コンテンツ利用プログラミングでは画像や動画、音声などを利用します。これらの素材を集めるにはスマホ1つあれば十分なので、子供はもちろん、高齢者の方も世代を超えて一緒に楽しむことができるのです。
私は大学生を見ていて、スマホが普及してから以前よりもコミュニケーション能力が低下した気がします。スマホの中にすべてが揃っているから、人と話さないで生活することができるのも大きな要因でしょう。
しかし、コンテンツ利用プログラミングは人とのコミュニケーションの機会を提供します。これらのプロジェクトを通じて、コミュニケーション能力を高めることが期待できるのではないかと思っています。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。現代は地域コミュニティが少なくなってしまい、人と人との繋がりも希薄になっている印象があります。
そういった中でみんなと協力しながら1つのものを作り上げるコンテンツ利用プログラミングは、非常に重要な社会的意義を持っているのだと感じました。
プログラミング教育の重要性・松下孝太郎教授の今後の展望
TLG GROUP編集部:プログラミング教育の必修化をはじめ、今後は様々な場面でプログラミング教育が推進されていくかと思います。このような時代の中で、教育現場や社会全体はどのように変化していくのでしょうか。
松下教授:今はコンピューターやネットワークの性能、さらにAIなど、様々なテクノロジーの性能がすごい勢いで進歩しています。このように、技術が進展していく中で特に求められるのはIT人材でしょう。
ただし、IT人材に必要なのは単なるプログラミング技術だけではありません。問題解決能力や創造力といった力は今後ますます重要となってくるはずです。
どんな分野でもITの技術や知識が必要というのは、すでに多くの方が耳にしているとは思います。ですから、今後もIT人材の重要性というのは高いままなのではないでしょうか。
TLG GROUP編集部:IT人材を育成するためにも、教育現場でのプログラミング導入が推進されているのですね。今後、プログラミング教育が行われる中で注意しなければならない点などはあるのでしょうか。
松下教授:注意というより、教育者として重要だと思うのは「いかに興味を持ってもらうか」ということです。
もちろん、他の学問でも重要なことだとは思いますが、プログラミングに関しては「どうやって興味を持ってもらうか」という興味の喚起をすることが非常に重要です。
やはり、興味のないことを楽しむのは誰でも難しいことだと思います。プログラミングの楽しさに気づいてもらうためにも、興味を持ってもらえるようなきっかけ作りをすることを今後も大事にしていきたいです。
TLG GROUP編集部:敷居が高いと感じる方が多いプログラミングだからこそ、興味を持ってもらうための取り組みが大切なのですね。
ちなみに、プログラミングに興味を持ってもらえるようなきっかけとしては、どういったものが考えられるのでしょうか。
松下教授:そうですね。コンテンツ利用プログラミングをはじめとした、身近なものを使った取り組みは有効だと思います。
プログラミングにあまり興味が無い人に対しては、参考書を配布したり、一方的に講義をしたりするだけでは、プログラミングに興味を持ってもらうことは中々難しいでしょう。一方、身近なものを使って自分だけの作品を作れる機会があれば、自分から身を乗り出して取り組んでくれる人も多いはずです。
このように、身近なものと掛け合わせてプログラミングをする機会を作ることで、興味を持ってもらえるのではないかと考えています。
また、スクラッチはゲームを作りやすいプログラミング言語なので、そういった方面でも活用できれば良いと思っています。
私自身、いろいろな年齢の方にスクラッチを教えてきましたが、子供も大人もゲームにはすごく関心が高いのです。
コードを入力する形式のプログラミング言語でゲームを作ろうとすると、難易度は一気に高くなりますが、スクラッチであれば比較的簡単にゲームを作ることができます。
なので、プログラミングに興味を持ってもらうために、今後もコンテンツ利用プログラミングとゲーム作成の2つを活用していきたいです。
TLG GROUP編集部:確かに、オリジナルのゲームを作れるプログラミングソフトは非常に高い人気を誇っている印象があります。身近にあるもの、娯楽に関する興味関心は誰しもが持っていると思うので、そこから興味を持つ方が増えれば嬉しいですね。
ここまで様々なプロジェクトについて伺ってきましたが、今後の研究の展望があれば教えていただけますか。
松下教授:スクラッチに関しては、今後もコンテンツ利用プログラミングに関する研究を続けていきたいと思っています。また、AIなどを利用することでいろいろな教材の作成、教育方法の確立にもチャレンジしていきたいです。
さらに、研究室ではコンテンツ利用プログラミング以外に、コンピュータグラフィックス(CG)やWebなどについても研究を行っていますので、これらも引き続き進めていきます。
CGは大きくわけてプログラミングで作る方法と、モデリングソフトを利用して作る方法があります。一般の方がよく知っているのは、モデリングソフトを使ったCG作成だと思うのですが、プログラミングでも教育用・研究用の3次元CGを作ることができるので、どちらもうまく活用していきたいですね。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。研究を進めるうえで大切にされているスタンスなどがあれば教えていただけますでしょうか。
松下教授:私の研究スタンスは、「社会のニーズにすぐにコミットでき、なおかつ早く成果が分かるものを作る」ということです。
世の中の進歩が早い現在、そのスピードに合わせて社会に還元できるものを作ることは非常に大切だと思っています。基礎研究ももちろん大切ですが、それぞれの技術を応用して社会のニーズに合ったものを提供し続けていきたいです。
TLG GROUP編集部:「社会に還元できるものを作る」という考えのもと、研究を続けられているのですね。最後になりますが、プログラミングに興味がある学生の方、社会人の方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。
松下教授:プログラミングは頭の体操にもなりますし、今後の社会においても重要になるスキルの1つです。
個人でも良いですし、家族や地域の方と一緒に取り組んでいただくのも良い経験になると思います。是非挑戦していただければと思います。
まとめ
TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。松下教授にインタビューして以下のことが分かりました。
- スクラッチはブロックを繋げることでプログラミングを行う、ビジュアルプログラミング言語の1つである。
- ビジュアルプログラミングは子供でも始めやすく、アルゴリズムの基礎を学ぶこともできるものである。
- プログラミングをする目的によって、使用するべきプログラミング言語は異なる。
- 今後、画像や動画、音声などを融合した「コンテンツ利用プログラミング」の普及によって、プログラミングに興味を持つ人が増える可能性は高い。
- コンテンツ利用プログラミングとゲーム作成は、プログラミングに興味を持ってもらうためのきっかけとして有効である。
プログラミング教育が推進されている現在、様々な技術を応用したコンテンツ利用プログラミングは今後も注目が集まる分野の1つです。
また、スクラッチは直感的に操作できるプログラミング言語となっており、プログラミングに足を踏み入れやすいものだということが分かりました。
「プログラミングはハードルが高い・難しそう」と感じる方も多いかもしれませんが、是非一度スクラッチプログラミングに触れてみてはいかがでしょうか。
左から順に、
松下孝太郎, 山本光『今すぐ使えるかんたんScratch』, 技術評論社 (2019)
松下孝太郎, 山本光『スクラッチプログラミング事例大全集』, 技術評論社 (2020)
松下孝太郎, 山本光『スクラッチプログラミングゲーム大全集』,技術評論社 (2023)
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年5月22日