関西福祉大学 藤原慶二 教授【VRと社会福祉利用者の生きがいを促進するICT活用とは】

関西福祉大学 藤原慶二 教授に独自インタビュー

少子高齢化が進み、社会福祉の重要性が再認識されつつある現在、ICTの活用によって社会福祉の現場も徐々に変化を見せつつあります。

新しい技術が私たちの日常生活に静かに溶け込んでいる今、仮想現実(VR)やAIは社会福祉の場でどのように活用されているのでしょうか。

この記事では、関西福祉大学の藤原慶二教授にICTを活用した生きがいづくりや社会福祉の現状、今後の展望について独自インタビューさせていただきました。

藤原慶二教授の紹介
関西福祉大学 藤原慶二 教授

関西福祉大学 社会福祉学部 社会福祉学科
藤原慶二(ふじわら けいじ)学部長・教授

桃山学院大学社会学部社会福祉学科を卒業後、桃山学院大学大学院社会学研究科にて博士(社会学)を取得。

2006年より頌栄人間福祉専門学校にて専任講師を務め、2007年より関西福祉大学社会福祉学部助手に就任。その後、同大学にて准教授を経て、2022年より現職。

研究分野は人文・社会、社会福祉学、ソーシャルワーク。

近著・論文として「ソーシャルワーク教育とVR(特集 ソーシャルワーク実践におけるICTの活用)」(2019)、「多職種連携におけるファシリテーション:A市自立支援型ケアマネジメント会議での取り組みから」(2019)、「ソーシャルワーク教育におけるVR活用の展望と課題-演習系科目への導入-」 (2017)など。

研究テーマと現状の課題

TLG GROUP編集部:まず初めに、藤原教授が現在研究されているテーマについて詳しくお伺いできますでしょうか。

藤原教授:私がずっと研究しているのは、地域を基盤にしたソーシャルワークについてです。

特に、高齢者の方に対するケア体制などをはじめとした「地域包括ケアシステム」について、効果的なシステムを作るために何が必要なのかといった点を大きな研究テーマとしています。

他にも、社会福祉の専門職における人材不足を解消するためにも、VRやICTといった技術の活用によって業務効率化ができないかを研究している最中です。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。そうした研究をされるようになったきっかけなどはあるのでしょうか。

藤原教授:少子高齢化、核家族化が進んでいる現在の社会状況に即した地域のあり方を再構築していかなければならないと思ったことが研究のきっかけです。

2000年以前は、隣近所の付き合いが多く、地域全体が1つにまとまって暮らしていました。一方、現在はそういった社会の繋がりが希薄になっています。

そういった状況に対して、私たちには2000年代のような社会を取り戻していくべきなのか、それとも新しい地域社会を構築していく必要があるのかという2つの選択肢があるのです。

そのため、いずれ「社会がどうあるべきかという問題に向き合わざるを得ない状況が訪れるだろう」ということを考えながら研究を続けています。

TLG GROUP編集部:研究のテーマとして「ソーシャルワーク」という単語がありましたが、個人的にソーシャルワークは「社会変革を促進する学問」と認識しています。

実際、ソーシャルワークとはどのような学問のことを指すのでしょうか?

藤原教授:基本的には先ほどのお話にあった「社会変革」が、ソーシャルワークにおける究極の目標になってくるかと思います。

一方、日本でソーシャルワークというとどうしても社会福祉のイメージが強く、「何らかの課題を抱えている人に対して支援をする」という意味合いで理解している方の方が多いのではないかとも思っているのです。

この認識が間違っているわけではないのですが、厳密に言うと支援をする対象は課題を抱えている人だけではありません。

例えば、いじめられている子どもに対して心のケアをしたり、何らかのサポートをしたりすることをソーシャルワークとして捉えている人もいるでしょう。

しかし、そのケアによっていじめられている子どもが元気になったからと言って、「頑張って学校に戻ろう」とは言えないでしょう。いじめられていた環境が何も変わっていなければ、またいじめられる可能性は高いのです。

そういった問題を解決するためには、いじめられていた環境の方を変えていく必要があります。このように、人と環境の2つに働きかけていくことが社会変革に繋がるのであり、ソーシャルワークの本質でもあるのではないかと思っています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。何らかの支援をする際には対象を1つに絞ってしまいがちですが、人と環境の2つに対するケアを両立することが大切なのですね。

ちなみに、社会福祉というと高齢者ケアを思い浮かべる方も多いかと思います。現在の日本における高齢者ケア体制の課題とは何なのでしょうか。

藤原教授:現代の日本では、高齢者が右肩上がりに増えており、それに比例して認知症も増えています。さらにこれからは障害を持つ高齢者の方も増えてくるだろうと言われています。

一方で、そういった方々に対する支援の見通しが不明瞭であること、支援する側の人材が不足していることの2つが高齢者ケア体制における大きな課題なのではないかと思います。

TLG GROUP編集部:人材不足はずっと問題視されてきた部分でもありますよね。業務効率化によって、そういった課題が少しでも改善されることを期待したいです。

ICTを活用した生きがいづくりと社会福祉教育

TLG GROUP編集部:近年、福祉現場でもICTやVRを活用した取り組みが注目されつつありますが、実際に現場ではどのように活用されているのでしょうか。

藤原教授:おそらく、ケアそのものにICTやVRが活用できているかと問われると、決してそうではありません。

一方、認知症高齢者の方が普段どのように過ごしているのか、物事がどのように見えているのかを疑似体験するためにVRが使われていることは多くあります。

認知症の方が私たちでは理解が難しい行動をしたり、突然パニックになってしまったりする背景には、私たちの目に見えない何かがあるはずです。こういったことを少しでも体感するためには、VRが適しているのではないかと思います。

TLG GROUP編集部:そうなのですね。となると、VRやICTは実際のケア現場というより、教育現場で活用されている形になるのでしょうか。

藤原教授:専門職を育てるという意味では、教育現場で使用されていることが多いです。しかし、ケア現場でVRなどが活用されていないわけではありません。

例えば、施設を利用されている高齢者の場合、体の状態などを考えると遠出することは中々難しくなっています。

その際にVRを活用することで、ふるさとの景色などを疑似体験してもらうことができるのです。

TLG GROUP編集部:確かに、VRを活用すれば体が不自由な方であっても旅行に行けたような気分を味わえますし、そういった点ではリフレッシュ効果が期待できそうです。

藤原教授:そうですね。一方で、高齢者の方がVRを活用すると、死に近付いてしまうという側面もあると言われています。

つまり、VRによって行きたいところに行けた感覚になったことで満足したり、心残りがなくなったりすることで、ある意味人生に悔いがなくなるということです。

ですから、VRにも良し悪しがあるということは知っておかなければならないでしょう。

TLG GROUP編集部:なるほど。心が満ち足りた状態になることで、未練がなくなってしまうのですね。VRは便利ですが、使用後のケアというのも重要になるかもしれませんね。

VRによって空間認識力が向上するという話を耳にしたことがあるのですが、こういった効果は高齢者の方にも期待できるものなのでしょうか?

藤原教授:厳密に検査しているわけではないので一概には言えませんが、個人的にあまり期待はできないだろうと思っています。

それこそ、先ほどお話したように趣味嗜好の部分で活用したり、それこそ生きがいをつくるために利用したりする方が効果的なのではないでしょうか。

TLG GROUP編集部:やはり、心のケアという側面でVRの活用が求められているのですね。実際にVRが取り入れられていることによって、高齢者の方から「生きがいを得た」という言葉を耳にすることはあるのでしょうか。

藤原教授:いいえ、あまり聞きません。

しかし、実際に施設でVR体験会をしている事例はいくつかあるので、VRのニーズはあると言えます。そういう意味では、ある意味生きがいのようなものになりつつあるのではないでしょうか。

一方、生きがいを満たしてしまうことによって死が近づく可能性もあるので、その見極めは本当に難しいところでしょう。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。今後VRが普及していけば別の可能性も出てくるのでしょうか。

藤原教授:そうですね。VRゴーグルを装着することによってできることの幅が広がる可能性は出てくるかもしれません。

いわゆるアイトラッキングのような、目の動きで操作する技術は確立しつつあるので、今後も注目が集まるかと思います。

TLG GROUP編集部:そうなのですね。福祉教育においてもICTやVRが活用されていると伺いましたが、VRを導入することによってどのようなメリットがあるのでしょうか。

藤原教授:1つは、なかなか時間が取れない学生も現場を疑似体験できるということがあります。今の学生は時間的な余裕があまりなく、実際の現場に行って体験することも難しいという人もいます。

そうした際にVRがあれば、空いている時間で現場の様子を捉えることができ、効率的に学習することができるのです。

また、VRの場合は平面ではなく立体で映像が出力されるので、より客観的に空間を把握することができるようになります。そういった面では福祉教育にVR通信技術を導入するメリットは多いですね。

TLG GROUP編集部:そう聞くと、福祉教育にVRを導入するメリットばかりのようにも思えますが、デメリットもあるのでしょうか?

藤原教授:そうですね。やはり、現場特有の空気感はVRでは再現しきれないところがあるので、そういった点はVRの限界を感じます。

特に、匂いや温度などの部分に関しては、どうしてもVRで体験することはできないので、実際の現場で経験を積みながらVRでも学習することが必要になるでしょう。

TLG GROUP編集部:現場の空気を肌で感じないと実感できないことも多いのではないかと思います。今後、VRをどのように活用していくか議論を重ねる必要がありそうですね。

アナログとICTのバランス

TLG GROUP編集部:VRをはじめとしたICTは確かに便利ですが、福祉現場では人の温もりやコミュニケーションが大切にされている印象があります。こういった現状に対し、ICTの導入が反発されることはあるのでしょうか。

藤原教授: 福祉現場では現在、ICTを活用して業務効率化をしないと収入が得られないようなシステムになっているところが大半です。そのため、ICTを使うこと自体には問題ありません。

一方で、やはり人に対してICTを使うということには抵抗感が大きいままなのではないかと思います。

そのため、ICTを活用するならVR体験のように、利用者が喜ぶこと、趣味嗜好に合ったものとして利用するのに留められるでしょう。

TLG GROUP編集部:やはり、VRを活用した娯楽は普及が進んでいるのですね。今後、ICTがより発達していった場合でも、人に対してICTを使うことに対する反発はなくならないままなのでしょうか。

藤原教授:そうですね。ICTがどれだけ発達しても、それをとことん活用して無駄な作業を効率的に終わらせ、人と接する時間を増やすために用いられるだろうと考えています。

TLG GROUP編集部:そういった未来を実現させるためにも、ICTを導入すべき部分の見極めが重要になってきそうですね。

藤原教授:その通りです。そのため、実際に自分でICTを使ってみたり、知識を付けたりしてICTを使える人材を育成していく必要があるでしょう。

現在、大学でも少しずつ「ICTを使おう」という意見が増えてきています。ICTを活用した講義は未だにできていませんが、今後普及が進む中でそういった技術を取り入れていきたいですね。

TLG GROUP編集部:確かに、ICTによって便利になる部分は様々ありますが、導入するにあたっての課題もいくつか残されているように思います。

藤原教授:そうですね。例えば、ICTを導入するのに十分なスペックのPCを用意するのも一苦労です。

この問題は教育現場だけでなく、福祉現場でも共通のものだと思います。すべての施設が高スペックなPCや環境を整えることはできません。この弊害をどのように解消していくのかが、今後ICTを推進する上で注目すべきポイントとなるでしょう。

TLG GROUP編集部:そうなのですね。ちなみに、そういった問題が解決されたと仮定した場合、ソーシャルワークにおけるICT活用の将来展望などはあるのでしょうか。

藤原教授:まずは、AIを適切に導入していきたいと考えています。

現在、AIは流行りの技術の1つですが、私は単にAIを導入するだけでは何の効果ももたらされないと思っています。どのようにAIを活用すれば福祉現場の業務効率化ができるかの分析を今後も続けていきたいです。

また、今は「AIが人の仕事を奪う」というような報道を目にすることもありますが、AIをうまく活用できるように職場・業務を整えていくこともソーシャルワークでは求められていると思います。

社会福祉は人と関わりながら業務を進めるものです。数値やデータですべて解決できるわけではないので、アナログな支援の位置づけを明確にしていきたいですね。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。最後に、ソーシャルワーク、福祉学に興味がある学生に向けてメッセージをいただけますでしょうか。

藤原教授:皆さんには、ソーシャルワークはもっと幅の広いものなのだということを是非知っていただきたいです。困っている人、何かしらの課題を抱えている人の支援に関心を持つ人は多いと思いますが、広い視点で物事を捉え、社会変革に取り組んでいただきたいです。

また、これからの社会福祉には最近流行のデータサイエンスやデータ活用といった分野も重要になってきます。そのため、感覚やセンスだけでなく、過去やデータに基づいた判断を行い、冷静に人を支援することを大切にしてほしいと思います。

社会福祉は様々な分野の知識が集結した、面白くて決してなくならない分野の1つです。福祉を起点にいろいろなことを考えていただき、これからの社会をより良くしてもらえたら嬉しいです。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。藤原教授にインタビューをして、以下のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 人と環境の2つに働きかけていくことがソーシャルワークの本質であり、それによって社会変革が為されていく。
  • 福祉現場では、体の不自由な方が故郷の景色を見たり、健常者・専門職が認知症の疑似体験をしたりするためにVRが活用されている。
  • 今後、VR・ICTの発展によって様々な生きがいづくりができる可能性がある。
  • ICTの発展によって業務がより効率化し、人と人とが関わりあえる時間が増えることが期待される。
  • 社会福祉は数値やデータで完璧に表現できるものではないため、アナログとICTのバランスをどのように取るかが今後重要になってくる。

ソーシャルワークは様々な知識やセンスだけでなく、データに基づいた冷静な判断が必要とされる多角的な学問です。

人と環境の2つに働きかけ、社会変革を目指すその裏では、ICTやVRといった新しい技術が活用されつつあることが分かりました。

今後、ICTの発展に伴って福祉現場でも業務効率化が進むことが期待されます。ソーシャルワーク、福祉に興味がある方は是非多様な視点から物事を捉えてみてくださいね。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年5月19日