近年、地球規模の温暖化や環境破壊が深刻な問題となっています。特に温室効果ガスの排出量増加が地球温暖化を加速させており、その影響は年々顕著になっています。
こうした中で、企業が持続可能な社会を実現するためには、環境(Environmental)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの視点を重視する「ESG経営」が求められています。
この記事では、コーポレート・ガバナンスやESGに関する研究を専門とする埼玉学園大学の花崎教授に独自インタビューを行い、ESG経営の重要性と、近年企業で取り組みが必要とされる理由について詳しくお話を伺いました。
温室効果ガス問題への対応や、社会に対する責任ある行動が企業にとってどのような意味を持つのか、一緒に考えてみましょう。
埼玉学園大学 経済経営学部 経済経営学科
花崎正晴(はなざき まさはる)教授
埼玉学園大学 経済経営学部 学部長。金融システム、企業金融、ESG投資および設備投資などに関する研究を行い、大学では金融論などの講義を担当。
大学卒業後に日本開発銀行(現在の日本政策投資銀行)において銀行員として勤務。パリのOECD経済統計局やアメリカのブルッキングス研究所などで研究を行う。その後、一橋大学経済研究所助教授、日本政策投資銀行設備投資研究所長などを歴任。一橋大学大学院経営管理研究科教授を経て、2020年4月から現職および一橋大学名誉教授。
ESG経営とは何か
TLG GROUP編集部:まず最初に、ESGとは具体的に何を指すのでしょうか。
花崎教授:ESGという言葉は2006年に一般に広まりました。これは国際連合の責任投資原則(PRI)に基づいています。すなわち、機関投資家が企業に投資する際に、人類や地球の持続可能な発展のために、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの分野の課題を重視して投資するという原則が2006年に制定され、これによりESGという言葉が広まりました。
具体的に申し上げますと、環境の問題で最も重要なのはやはり温室効果ガスの排出の問題です。ご存じの通り、現在、気候変動の問題が最も重要な課題となっています。
気候変動の問題とは、温室効果ガスが大気中に蓄積されることによって地球が温暖化する問題です。しかし、温暖化だけでなく、異常気象の頻発も指摘されています。
TLG GROUP編集部:最近の夏は本当に凄まじい暑さですよね。
花崎教授:このような異常気象が頻発する中で、気候変動問題をどのように解決するかが課題となります。その中で最も重要なのが、温室効果ガスの排出を削減することです。これが環境における最も重要な問題です。
次にESGの頭文字について説明しましょう。Eは今お話しした環境を意味し、温室効果ガスの問題以外にも、生物多様性の喪失といった問題が関連しています。
続いて社会を意味するSですが、ここで重要なのは人権問題です。例えば、いくつかの国では児童労働や強制労働といった問題が発生しており、人権が尊重されていない地域もあります。
また、ジェンダー平等の問題も含まれます。特に日本では、男女が必ずしも平等とは言えない状況が見られており、とりわけ企業内でそのような問題が指摘されています。さらに、多様性(ダイバーシティ)の尊重、職場での健康や安全の問題もSに含まれます。
最後のGはガバナンスを意味します。例えば、企業の取締役会の構成が適正であるかどうか、規模はどうかということです。特にボードメンバーのダイバーシティに関して言えば、日本企業は男性ばかりが取締役会のメンバーとなっているところが多いです。もっと女性や外国人をボードメンバーに迎えるべきだという指摘があります。
また、企業倫理の問題や、環境や社会的問題に対して企業がどのような経営戦略を持っているかといった問題もGの問題に含まれます。
このESGは先ほど申し上げた国連の責任投資原則に基づき、2006年にスタートしました。それ以来、広く一般に認知され、現在ではESGを経営課題としている企業も増えていると思います。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。例えば、花崎様がご専門とされているコーポレート・ガバナンスと、今解説いただいたESGを意識した経営にはどのような関係があるのでしょうか。
花崎教授:コーポレート・ガバナンスの問題というのは、企業の経営者と株主との関係に関わります。本来、経営者は株主に代わって経営を行う立場にあります。
したがって、経営はあくまでも株主の利益に沿ったものであるべきですが、経営者が株主の利益から離れ、自分の利益のために経営を行うことがしばしば見受けられます。このような問題をどのように予防し、企業に株主の利益に沿った経営をさせるのかというのがコーポレート・ガバナンスの出発点です。
株主というのは企業にとって非常に重要な存在であるのは確かですが、企業には株主だけでなく、もっと多様なステークホルダーが存在するという考え方が次第に浸透しています。
具体的には、従業員や様々な製品の取引先、原材料の調達先、企業に資金を提供する銀行なども重要なステークホルダーです。特に大企業の場合、地域に住む住民も重要なステークホルダーとなります。
例えば、鉄鋼メーカーは様々な地域に高炉を持っていますが、その高炉を停止してしまうと、雇用が大幅に減少してしまいます。その結果、地域の住民は本当に困ってしまうでしょう。したがって、地域住民も大企業にとって重要なステークホルダーと言えます。
また、先ほども述べた気候変動の問題はここ数十年で最重要なグローバルな課題になっています。気候変動の問題のステークホルダーは誰かと考えると、温室効果ガスの排出により影響を受けるのは地球上全ての地域に住んでいる人々です。
人だけじゃなく、動植物を含む全ての生物が影響を受けますし、あるいは今生きている人だけじゃなく、将来誕生する人類はより深刻な影響を受けることになります。したがって、将来の世代もステークホルダーとして考えられます。
このように、コーポレート・ガバナンスにおけるステークホルダー重視の考え方を拡張することによって、ESGを意識した経営に繋がります。ESGの問題と伝統的なコーポレート・ガバナンスの問題は非常に密接な関係があると言えるのではないでしょうか。
TLG GROUP編集部:大変興味深いお話をありがとうございます。特に、気候変動問題に関しては、将来世代への影響を考えると、現在の経営判断がいかに重要かを改めて実感しました。ところで、花崎様はなぜこのESG経営について研究されようと思ったのでしょうか。
花崎教授:私は地球温暖化の問題に非常に関心があり、30年ほど前からこの問題に注目してきました。ESGの中でも最も重要な要素が環境であり、特に地球温暖化や気候変動の問題です。
長年にわたり、この問題に関心を持ち続けてきましたので、ESG経営が広まる中で、ますます関心を持って研究するようになりました。これが、私がESG経営を研究するようになった背景です。
ESG経営において企業が重視すべきポイント
TLG GROUP編集部:ESG経営において、企業が重視すべきポイントは何だとお考えでしょうか。
花崎教授:これは多岐にわたりますが、最も重要なことはやはり気候変動の問題です。気候変動の問題を解決するために何ができるかという点は、経済社会において長年議論されてきました。
2015年12月にパリで開催されたCOP21という国際会議でパリ協定が採択されました。この協定で最も重要な点は、2050年までに温室効果ガスの人為的な排出と吸収を均衡させることです。
具体的には、温室効果ガスの発生源である化石燃料の使用をできるだけ減らし、CO2の排出を抑制することが求められます。CO2は温室効果ガスの中でも特に増えているものなので、CO2の排出をいかに抑制できるかというのがポイントです。
しかし、人間が生きているために息をするだけでもCO2は出てくるため、CO2の排出を完全にゼロにすることは難しいでしょう。ただ、森林はCO2を吸収することができるので、森林が吸収できる範囲内で排出を行うのであれば、CO2が全体的には増えないと言えるでしょう。
それを2015年にパリで採択されたパリ協定では、全加盟国の一致によって推進しようということになっています。これを簡単な言葉で言うと、カーボンニュートラルというのがまさにそれです。
だから、ESG経営においてまず重要なポイントの1つはカーボンニュートラルを実現することです。そのための情報開示をきちんと企業には行っていただきたいと思います。
また、社会の分野においては、最近注目されている女性活躍推進法の取り組みが挙げられます。ジェンダー平等を推進し、特に企業内で女性が活躍できる環境を整えることが求められています。
このような取り組みに企業がどれだけ関わっているかも、ESG経営において重視すべきポイントだと思います。
TLG GROUP編集部:女性を幹部にする会社もどんどん増えていますよね。
花崎教授:はい、確かにそうですが、まだまだ少ないのが現状です。着実に増やしていくことが重要だと考えています。
妊娠や出産の問題で難しいという側面もありますが、まずは男性がしっかりと育児休業を取得することが重要です。子育ては女性の役割という伝統的な考え方を改める必要があります。
男性も出産はできませんが、育児はできます。したがって、育児休業を男性が積極的に取り、子育てに全面的に関わることが1つの重要なポイントだと思います。
ESGへの関心の高まりと現在の課題
TLG GROUP編集部:財務省が2022年に公表した資料「ESG投資について」によると、近年、ESG要素を重視した製品への関心や投資の比率が増加していると指摘されています。最後に、ESG投資の拡大に伴う金融市場での課題について花崎様のご見解をお聞かせください。
花崎教授:はい、2年ほど前に財務省が出した報告書を拝見しましたが、様々なアンケート調査が行われています。例えば、環境に配慮した製品やサービスに対する消費を「エシカル消費」と言いますが、これを重視して購入する人が増えていることが報告されています。
また、環境に配慮した商品や社会的責任を果たしている企業の製品やサービスであれば、多少高くても購入するといった意識も高まっています。特に興味深いのは、全年代の中でも若い世代でそのような意識が顕著に見られる点です。
これは非常に良いことであり、重要なことです。地球温暖化や気候変動の問題は、年配の方々にとっては影響が少ないかもしれませんが、これから50年、70年と生きる若い世代にとっては非常に深刻な問題です。
そのため、若い世代がこういった問題に強く関心を持ち、積極的に意見を言っていくことが重要だと思います。そういう面で、アンケート調査で若い世代が「環境に配慮した商品を若干高くても買ってもいい」と回答をしてくれている、というのは非常に良いことだと思います。
それから、ESG投資の拡大に伴う金融市場の課題についてですが、これにも大きな問題が存在します。「グリーンウォッシュ」という言葉が最近よく使われるようになりました。
これは何かと言いますと、一般の英語の「ホワイトウォッシュ」という言葉から来ています。「ホワイトウォッシュ」というのは、汚れたものを上から白く塗って、きれいに見せるという意味で、ごまかすということです。
「グリーンウォッシュ」というのは、企業が環境に対して一生懸命取り組んでいるように見せかけることです。実際にはそうではないのに、環境への配慮をアピールする企業のことを指します。残念ながら、グリーンウォッシュを行う企業が多いという実態が最近明らかになっています。
現代において、おそらくほとんど全ての企業が、「環境に配慮しています」「環境を重視しています」と何らかの形で言っています。しかし、本気で取り組んでいるかどうかが重要です。
金融市場の課題として、例えば機関投資家というプロの投資家たちが投資を行う際に、その企業が本気で環境への配慮に取り組んでいるのか、それとも単に環境重視のふりをしているだけなのかを見極めることが求められます。
本気で取り組んでいる企業にはきちんと投資をし、そうではない企業には投資をしない、あるいは投資を引き上げるといった行動が重要な局面になっているのではないかと思います。そのために、プロフェッショナルな機関投資家や資金運用業者の取り組みに私は大いに期待しています。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。「グリーンウォッシュ」という言葉を初めて知りました。例えば、本気で環境に取り組んでいる企業とそうではない企業というのを、一般の方が見分けることはできるのでしょうか。
花崎教授:一般の方が本気で環境に取り組んでいる企業とそうでない企業を見分けるのは簡単ではありませんが、いくつかのポイントを押さえることで、その判断の助けになるかと思います。
まず、企業のウェブサイトで公表されている情報を見ることが重要です。例えば、2050年カーボンニュートラルを目指すために、温室効果ガスをどう削減するか具体的なアクションプランを示している企業は、本気で取り組んでいるように見ることができますね。
一方で、そういったことに触れていない、あるいは「カーボンニュートラルを目指します」といった宣言だけをしている企業や、具体的なアクションプランが示されていない企業は、グリーンウォッシュに近い可能性があります。こうした企業は注意が必要です。
また、「地球に優しい」という言葉を頻繁に使う企業も注意が必要です。地球に優しいというのは良いネーミングですが、その背後にある具体的な取り組みがどうかという点が重要なのではないでしょうか。具体的な中身をもっと詰めていく必要があると思います。
まとめ
本日はお時間いただき、ありがとうございました。花崎教授にインタビューして、下記のことが分かりました。
- ESG経営とは企業の環境・社会・ガバナンスに関する取り組みであり、企業や投資家が本気で取り組む姿勢が求められている。
- ESG経営とコーポレート・ガバナンスは密接に関連しており、株主利益だけでなく、ステークホルダー全体の利益を考慮する必要がある。
- ESG経営において特に重要なことは気候変動の問題であり、カーボンニュートラルを実現するための取り組みについて企業が情報開示を行うことが求められる。
- また、ESG経営においては、ジェンダー平等を推進し、特に企業内で女性が活躍できる環境を整えることも重視すべきポイントである。
- 企業がESG要素を重視した製品やサービスに投資する動きが増えており、若い世代が特に環境に配慮した消費に関心を示している。
- 一方で、ESG投資の拡大に伴い、グリーンウォッシュ(見せかけの環境重視)などの課題も浮き彫りになっており、プロフェッショナルな投資家が、ESG経営に本気で取り組んでいる企業に投資をすることが重要である。
ESG経営が注目される背景には、社会や環境への関心が高まっていることが挙げられます。
花崎教授の話から、特に若い世代が環境問題に注目し、企業や投資家が真剣に取り組む姿勢を評価・支持することが重要であることが分かりました。
企業が環境や社会への貢献を真摯に行うことで、消費者からの信頼を得るだけでなく、長期的なビジネスの持続可能性を高める効果が期待できます。
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年7月3日