海洋工学は、私たちの生活と密接に関わりながらも、詳しく知られていない広大な学問です。
海で目にする浮体式構造物はどのような仕組みなのか、近年注目されている再生可能エネルギーの1つである波力発電にはどのような課題や可能性があるのか興味がある方も多いのではないでしょうか。
この記事では、日本大学の居駒知樹教授に海の未来を築く海洋工学の魅力について独自インタビューさせていただきました。
日本大学 理工学部 海洋建築工学科
居駒知樹(いこま ともき)教授、理工学部次長(船橋校舎)
日本大学理工学部海洋建築工学科を卒業後、同大学大学院に進学して博士号(工学)を取得。
1998年より東京大学生産技術研究所にて研究機関研究員、その後助手を勤め、2001年より日本大学理工学部助手に着任。その後、同大学にて専任講師、准教授を経て2015年より教授。
近著・論文(共著・編著含む)として、海洋建築シリーズ「海洋建築序説」成山堂書店(2022年)、「流れ中における回転円柱周りの流れ場の性状に関する基礎的研究」(2024年)、「Design and fundamental study of floating three-blade vertical-axis-wind turbines supported by a barge platform with multi moonpools」(2024年)、「ムーンプールを有するポンツーン型浮体の動揺低減効果に関する基礎的研究」(2022)、「Variation of the Primary Conversion Performance of Fixed PW-OWC Type WECs by Installation Conditions」(2022)など。
海に浮かぶ構造物「浮体式構造物」の仕組みとは
TLG GROUP編集部:早速ですが、海洋工学とはどのような学問なのかについて簡単にご説明いただけますでしょうか。
居駒教授:海洋工学を一言で説明するのは難しいですが、一般的には船舶工学や水産工学として知られているでしょう。実際、日本における海洋工学というのはもともと造船工学や船舶工学を示していました。
しかし、世界的に見ると、石油や天然ガスの開発といった海洋資源の開発技術も海洋工学に含まれます。船を作る技術だけでなく、海洋での様々な活動を支える技術全般を指すのが海洋工学です。
TLG GROUP編集部:なるほど。海洋工学の範囲は本当に幅広いのですね。
居駒教授:そのとおりです。海洋工学には造船工学や船舶工学、水産工学といった伝統的な分野に加えて、海底に穴を掘ってプレートテクトニクスのメカニズムを調べたり、津波の観測をしたりする科学調査も含まれます。
当然、科学調査にはいろいろな装置や技術が必要になるので、そういった技術に対応する工学分野も海洋工学の中に含まれるでしょう。
さらに、最近では海での開発をするために港の再整備が必要なので、海洋土木、港湾工学といった分野も海洋工学に含まれるようになりました。このように、海洋工学は皆さんが思っているよりもボーダーレスな学問なのです。
TLG GROUP編集部:技術研究の対象が海であれば、海洋工学の領域と呼べるものが多いのですね。
居駒教授:そうですね。例えば、洋上風力発電のような海上の再生可能エネルギー分野も海洋工学に含まれます。これらの技術は本来電気工学の一部ですが、設置場所が海であるため、海洋工学の一部と考えられます。
波力発電も同様で、海の中での発電技術はまさに海洋工学の領域です。
TLG GROUP編集部:具体的な例を挙げていただき、理解が深まりました。ありがとうございます。続いて、海洋構造物の浮かぶ仕組みについてお伺いしたいです。
居駒教授:基本的に、海洋構造物が浮くのは浮力のおかげです。船が浮くのとまったく同じ原理ですが、浮体式構造物の体積が水を押しのけることで得られる浮力が、構造物の重量を支えることで浮かびます。水が漏れて重くなってしまうと浮力が足りず沈んでしまいますので、水密性の確保が重要です。
TLG GROUP編集部:なるほど、浮力の原理ですね。
居駒教授:そのとおりです。ただ、船のように大きなものが浮いているのが不思議だと思う人もいますよね。実際、船は海洋構造物の中ではかなり重い方なのですが、タンカーの中に石油が入っていない状態であれば相当軽くなります。
なぜ軽いのかと言うと、船は鋼材でできているからです。
TLG GROUP編集部:鋼材が軽いと言われると少し違和感があるのですが、具体的にどういうことなのでしょうか?
居駒教授:確かに鋼材は重いですが、中を空洞にすることで、重さに対して体積が大きくなります。体積が大きくなれば、浮力もその分大きくなりますよね。
つまり、「船は見た目の大きさに対しては軽い」という表現が正しいと言えるでしょう。それでも機関(エンジン)が載っているので、海洋構造物の中ではだいぶ重いのも事実ですが。
TLG GROUP編集部:そういうことなのですね!ちなみに、海洋構造物には鋼材だけでなくコンクリートも使われていますが、やはり重量としてはコンクリートの方が重いのでしょうか?
居駒教授:そうですね。鋼材は硬くて強いので、ある程度薄くても強度を保つことができます。一方で、コンクリートで強度を保つためにはある程度の厚みや鉄筋による補強が必要になります。
そのため、外形が同じだとしても、鋼材で作った方がトータルの重量は軽くなるのです。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。今は船を例に解説していただきましたが、特定の場所に留められている浮体式構造物はどのように固定されているのでしょうか。
居駒教授:特定の場所に構造物を留めておくためには、係留装置が必要です。その方法は水深によって使い分けられますが、日本では主にチェーンを使用します。ただし、水深が浅い場所ではチェーンの重量が不足するため、深さに応じた設計が求められます。
TLG GROUP編集部:深さによって係留の難易度が変わるのですね。
居駒教授:そうです。浅い場所ではチェーンの長さが短くなり、総重量が不足するため留めるための力(係留反力)を大きく取れなくなるため、係留が難しくなります。逆に深すぎるとチェーンが自重で切れることもあります。
そのため、近年は合成繊維のロープの使用も検討されています。合成繊維ロープは強度が高く、軽量なので深い場所でも有効です。日本では今後使われるようになるはずです。
TLG GROUP編集部:技術の進歩によって様々な手法があるのですね。合成繊維ロープを使用しているイメージがあまりなかったのですが、世界的には広く普及しているものなのでしょうか。
居駒教授:そうですね。海外では既に広く使用されており、メキシコ湾やブラジル沖などで実績があります。
日本でもこれからの普及が期待されますが、合成繊維には「傷が付くことでほころんでしまう」という懸念事項が残っているので、現在は認可を取得するための試験が進行中です。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。これからの試験や研究にも注目が集まりそうですね。
海洋波と構造物の相互作用
TLG GROUP編集部:浮体式構造物の仕組みについて教えていただきましたが、波が押し寄せることで構造物が削られたり腐食されたりするなど、安定性や耐久性に関する問題はないのでしょうか?
居駒教授:波による影響は非常に重要な問題です。まず、構造物は浮いているので揺れますよね。この揺れに対しては「静的な安定性」と「動的な安定性」の2つの問題があります。
静的な安定性は、波がないときに傾いた構造物が元に戻る能力を指し、動的な安定性は波の中での揺れにくさやひっくり返りにくさを指します。
また、海洋波には津波や潮汐波動、高潮など様々な種類がありますが、設計の際に主な基準とするのは普段の波、つまり風によって作られる波浪です。
波浪の周期は3〜4秒から20〜25秒程度で、その中でも特に影響が大きいのは8〜12秒周辺と言われています。構造物の固有周期をこの範囲外に設定することで、波による揺れを最小限に抑えているのです。
もちろん、低気圧が近づいたことによって発生する周期の長い波や台風による影響で揺れが大きくなってしまうことはありますが、基本的には構造物が転覆しないような設計をしています。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。安定性の具体的な評価基準などはあるのでしょうか?
居駒教授:もちろんです。浮体式構造物は船も含め、それを利用する対象者に応じた評価基準が定められています。
基準には居住性や作業性など様々ありますが、一般の人が生活するのに問題がないレベルや、プロの作業者が作業するのに支障がないレベルなどを明確に分けているので、それに合わせて設計しています。
TLG GROUP編集部:そうなのですね。揺れが大きいと構造物の耐久性にも影響が出るのでしょうか?
居駒教授:そうですね。ただし、海洋構造物の設計では疲労強度の評価が重要です。もちろん、大きな波が来たときに壊れないかは当然考慮したうえで設計するのですが、疲労破壊のリスクを計算することは非常に難しいのです。
浮体式構造物は波を受けた際に部分的に振動します。遠くから見れば壁そのもの、あるいは全体が動いているようにしか見えませんが、センサーを入れてみると特定の箇所に歪が出ていることが分かります。
歪が出ている部分には応力が発生しているのですが、これが継続することで構造物部材には疲労がたまります。このように、繰り返し荷重が作用することによって構造部材に亀裂が入るなどで耐力がなくなることを「疲労破壊」と言い、それに対する強度を「疲労強度」と呼ぶのです。
TLG GROUP編集部:耐久性と言うと摩耗や腐食といったイメージがありましたが、浮体式構造物を作る上で一番無視できないのが疲労の問題なのですね。
居駒教授:そうですね。当然ながら、摩耗や腐食も大きな課題です。
例えば、海底に固定しているチェーンなどは時間が経つにつれて摩耗してしまいます。こういった場合は、設計時点で摩耗を前提とした厚みをとり、必要な場合に削れるようにしているのです。
一方、海上では擦れて摩耗することは少ないのですが、腐食が起こることもあります。特に、構造物表面に傷が付かないように注意しなければなりません。傷ついた部分から徐々に腐食が始まると修復が非常に大変なのです。
TLG GROUP編集部:水中では腐食が起こらないのでしょうか?
居駒教授:はい。水中にあるものに対しては電気防食をすることで腐食を防ぐことができます。よく使われているのは、構造物に亜鉛やアルミニウムのブロック(犠牲陽極)を取り付けることで、これらが先に腐食し、構造物本体の腐食を防ぐ方法です。
一方で、水面を挟んだ上下付近は一番腐食しやすくなっています。濡れたり乾いたり、あるいは水しぶきがかかることによって鋼材が腐食してしまうのです。しばしば大気にさらされる部分では電気防食ができず、十分な酸素の供給で腐食の進行も早いです。
そこで、桟橋をはじめとした比較的陸に近い構造物は良い鋼材を使ったり、薄い膜を張ったりして腐食を防いでいます。
一方、陸から遠い構造物にはそこまでのコストがかけられません。この場合、海上部分には塗料で表面を保護し、腐食を防ぐ必要があります。塗料自体は海に溶けても大丈夫な環境に優しいものになっているので、その点は安心です。
TLG GROUP編集部:なるほど。昔の塗料には有害成分が含まれていたと聞きますが、今はそうではないのですね。その場合、構造物による環境への悪影響はほぼないと考えても良いのでしょうか?
居駒教授:基本的にはないと思います。ただ、物理的に大きな構造物が存在することそのものが環境影響をどう与えるかは考えなければなりません。
例えば、風力発電が空気を振動させることによって発生する低周波音で不快感がもたらされるという話を聞いたことがある方もいるでしょう。海の場合も風力発電と同様にタービンを回しているわけですから、水中で超音波を出すほどの振動が出ていると言えます。
これによる影響は研究されている最中ですが、そこまで振動が遠くまで広がらないことから大きな影響をもたらすことはないと言われています。
また、工事中の騒音もある程度気にしなければなりません。こちらも、工事音が水中の生物に対してどのような影響があるのかは研究されている最中ですね。
ただ、どちらにしても生物が慣れると影響はないということが分かっています。特に哺乳類は適応力が高いので、その点に関しては心配いらないかと思います。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。構造物による環境への懸念点は他にもあるのでしょうか?
居駒教授:そうですね。係留するために海底に穴を開け、アンカーを入れなければならないというのは問題の1つだと思います。
また、先ほどもお話したように、環境影響で一番難しいのは浮体式構造物がそこにあることそのものなのです。
毒も音も出さない、ただそこにポツンとあるだけで何らかの影響を与えてしまう点には注意しなければなりません。構造物が作られたことで、魚の生育環境が変わってしまった例も耳にしたことがありますね。
TLG GROUP編集部:魚の生息環境が変わるというのは具体的にどういうことですか?
居駒教授:構造物が設置されると、魚が集まることがあります。しかし、集まる魚の種類が増える一方で、元々その場所にいた魚がいなくなることもあるのです。
場合によっては集まってほしくない魚が増え、捕りたい魚が減ってしまうことがあるため、漁業者にとって大きな問題です。
TLG GROUP編集部:なるほど、そういった環境変化も考慮する必要があるのですね。
海洋再生可能エネルギー「波力発電」とは
TLG GROUP編集部:最近、再生可能エネルギーが注目される中で、「日本は海に囲まれているから波力発電を活用できるのではないか」という意見が増えています。そもそも波力発電とはどのようなものなのでしょうか?
居駒教授:波力発電とは名前のとおり、波のパワーを利用して発電機を動かし、電気を作るものです。
波というのは、エネルギーが伝播して移動している様子が目に見える形になっているものです。波力発電のことを「波のエネルギーで電気を作る」と説明する人もいますが、エネルギーはあくまでエネルギーでしかなく、形を変えるものなので、波のエネルギーを電気エネルギーに変えるという表現は正しいですが、波エネルギーで電気をつくるという表現は正しくありません。
ですから、波力発電は「波のパワーで発電をする」もしくは「波のエネルギーを電気に変換する」ものだと考えていただければ良いと思います。
TLG GROUP編集部:では、具体的にどのような仕組みで波力発電が行われているのでしょうか?
居駒教授:波力発電では、波が持つパワーを利用して発電機を動かします。
先ほどもお話したように、波そのものがエネルギーの伝搬であり、そのエネルギーを利用して発電機に力を伝えるのです。例えば、波が構造物に当たると、その力で構造物が動かされますよね。同じように、この動きが発電機に伝わり、電気を生み出します。
TLG GROUP編集部:分かりやすい説明をありがとうございます。波力発電が普及しにくい理由は何でしょうか?
居駒教授:波力発電が普及しにくい理由は、主にコストの問題です。発電単価、つまり1kWhあたりのコストが高くつくため、商業的に普及させるのが難しいのです。
例えば、かつて原子力発電は1kWhあたり4円程度でしたが、東日本大震災以降は7円程度に上がりました。他にも、火力発電は10円前後、風力発電は13円台と言われています。
これに対して、波力発電のコストは30円を切れていません。再生可能エネルギーの発電コストは1kWhあたり20円が目安と言われているので、波力発電にかかるコストは現在の技術ではまだ高く、商業レベルでの普及には至れないのです。
TLG GROUP編集部:波力発電のコストが高い具体的な要因とは何なのでしょうか?
居駒教授:コストが高い理由の一つは、波のパワーが比較的弱いためです。
発電機を動かすためには強いパワーが必要ですが、波のエネルギーは広い範囲に分散していて単位時間あたりに費やせるエネルギー、つまりパワーが小さいため、一度に多くの電力を生み出すことが難しいのです。
このように、波はエネルギー量が多い一方でパワーが小さく、1mの幅で作れる電気の量は大きくないので、小さな装置をたくさん作る必要があり、海での工事が増えることになりコストが上がってしまいます。
TLG GROUP編集部:なるほど。エネルギー量の多さとパワーの大きさは比例しないのですね。波力発電にはどのような技術が使われているのでしょうか?
居駒教授:波力発電にはいくつかの技術があります。
例えば、波の力で物を動かし、その動きで発電機を動かして電気を作る方法です。具体的には、波の動きを利用して油圧システムを動かし、発電機を動かしています。
一方、私が研究しているのは、空気タービン方式という方法です。波の動きによって空気の流れをつくり、その強い空気流でタービンを回して発電します。
TLG GROUP編集部:空気タービン方式とは具体的にどのようなものですか?
居駒教授:空気タービン方式は、水中に設置された壁となる構造物に囲まれた水塊(振動水柱という)が波によって動くことで、上部に設けられた空気室内の空気をダクトに押し出したり吸い込んだりして空気流を発生させて空気タービンを回して発電する仕組みです。
この方式は、油圧や水圧を利用する他の方式とは異なり、空気を使って発電します。
TLG GROUP編集部:非常に興味深いですね。波力発電には多くの技術が使われていることがよくわかりました。では、最後に海洋開発の分野に興味を持っている学生たちに向けて、何かメッセージをお願いします。
居駒教授:海洋開発の分野には、まだまだ多くの可能性が秘められています。特に日本は海に囲まれているため、海洋工学の研究は非常に重要です。
未開拓の分野であるため、まだ誰も手を付けていないテーマがたくさんあります。将来的には必ず必要になる技術や知識が求められる分野ですので、ぜひ興味を持って積極的に学んでほしいと思います。
海洋工学の分野で新しい発見や技術を生み出し、日本の海洋資源を有効に活用できる人材になってください。
まとめ
TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。居駒教授にインタビューして、以下のことが分かりました。
- 海洋工学は造船工学や船舶工学、水産工学などの伝統的な分野に加え、海洋資源の開発技術、科学調査、海洋土木、港湾工学や海洋建築など、幅広い技術と研究を含む学問である。
- 浮体式構造物は水密性の確保が重要であり、適切な係留装置を用いて特定の場所に固定(位置保持)されている。
- 浮体式構造物は動的な安定性(波の中での揺れにくさ)を保つために、波浪の周期と構造物の固有周期をずらして設計している。
- 波力発電は波のエネルギーを電気に変換する発電方法である。
- 波力発電は波のパワーが比較的弱いため、発電単価が高く、現状では商業的に普及しにくい。
波力発電はコストの問題を抱えつつも、様々な技術で可能性を広げている再生可能エネルギーの1つです。そんな波力発電の研究をしている海洋工学の分野もまだまだ多くの可能性を秘めています。
海に囲まれた日本において、海洋工学は非常に重要な学問の1つです。まだ見ぬ未知の可能性を秘めた海に興味がある方は、是非海洋工学の世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年7月25日