宮城教育大学 市瀬智紀 教授【地域と学校の協力による地域連携教育のあり方】

宮城教育大学 市瀬智紀教授に独自インタビュー

日本の未来を担う次世代の育成には、地域社会と学校が連携した教育が欠かせません。

しかし、少子高齢化や人口減少といった問題が進行し、地域の教育力低下が懸念されています。

こうした状況で、子どもたちの未来を築く力を育むために、どのような取り組みが行われているのでしょうか。

この記事では、東北地方を中心にESD(持続可能な開発のための教育)の普及に取り組む市瀬教授に、研究テーマや実際の活動について独自インタビューさせていただきました。

市瀬智紀教授の紹介
宮城教育大学 市瀬智紀 教授

宮城教育大学 教育学部 国際教育領域
市瀬智紀(いちのせ とものり)教授

慶応義塾大学文学部を卒業後、慶應義塾大学大学院文学研究科に進学。同大学院博士課程を経て、1995年に宮城教育大学に専任講師として着任。博士(教育学)東北大学。

1995年以後、29年間宮城教育大学に勤務。同大学にて附属国際理解教育研究センター長、教員キャリア研究機構長等を勤め、2021年より現職。2024年から日本ESD学会会長。

研究分野は初等中等教育学/ESD

近著・論文(共著・編著含む)として、『The Routledge International Handbook of Life and Values Education in Asia (Routledge国際ハンドブック アジアにおける生活と価値の教育)』(2024分担執筆)、「Disaster; Climate Risk Education; Insights from Knowledge to Action」(2024年分担執筆)、「外国につながる児童生徒の家庭における日本語の使用状況と教科の学力の関係に関する一考察」(2024年)、「Enhancing decision-making skills through education for sustainable development」(2024年)など。

研究概要と背景

TLG GROUP編集部: はじめに、市瀬様の研究テーマについて、具体的な焦点や研究の背景になどをお聞かせください。

市瀬教授:地域から世界につながり、持続可能な未来を創ることができる児童生徒をどう育てていけば良いか研究しています。

SDGsを推進するための教育方法として、ESD(Education for Sustainable Development 持続可能な開発のための教育)というものをご存知でしょうか。

私はそのESDに基づいた教育活動に取り組んでおり、日本ESD学会という団体の会長として、普及促進に努めています。

また、私は東北地方で教員の養成に携わっているのですが、そうした地域では人口減少が進んだことで、地域の教育力が低下していると言われています。

そういった問題がある中、子どもたちが未来に希望を持ち、地域を支える存在になれるような教育ができればと考え、研究を続けています。

TLG GROUP編集部: では、そのような教育を行うにあたって、具体的にどのような課題に取り組まれていらっしゃいますか。

市瀬教授: 私の研究では、そういった課題に対し、持続可能性(サステナビリティ)の概念を導入して教育を展開することに取り組んでいます。

東北地方の生徒を例にすると、探求学習などを通じて地域のNPOや企業と交流し、いろいろな話を聞く中でキャリア形成について自分で考えてもらう、といったことをしています。

具体的には、海洋プラごみの増加、気候言動による漁業や農業への影響、観光地の活性化といった多様な課題に取り組み、探究活動を通じて解決方法を探っています。

また、東北地方に関しては3.11の地震や津波災害といった経験があるため、防災教育も重要な課題の1つです。

そういった災害の経験や防災方法をどのように次世代へ伝えるか、ということ意識して生徒も探究活動を行っています。

TLG GROUP編集部: 持続可能な社会の担い手を育てるために、過去の経験や防災方法を伝えたり、地域について学ぶ機会を提供したりしていらっしゃるのですね。

市瀬教授:そうです。東北地方にはユネスコの世界遺産や世界農業遺産、ユネスコのエコパーク、ジオパークといった貴重な地域資源があります。

これらの資源を活用し、地域の魅力を学びながら勉強することも、地域の人口減少問題を解決するために重要なポイントであると考えています。

TLG GROUP 編集部:なるほど。こういった取り組みができるのは自然豊かな地域ならではですね。

市瀬教授:そうですね。しかし、東京都心部など自然環境が少ない地域に住んでいる方であっても、他の地域に赴いてプログラムに参加し、学びを得ることは可能です。

さらに、最近では短期間のプログラムだけではなく、東京から人口減少で悩んでいる高校、例えば水産高校や農業高校に留学するといった方法も盛り上がってきました。

TLG GROUP 編集部:そういった取り組みもあるのですね。子どもが大人と接する機会があまりない中で、生産者の働く姿や地域の環境を間近で見られるのは本当に貴重な機会だと思います。

市瀬教授:その通りです。

例えば、令和4年度の全国学力・学習状況調査では「地域の大人に、授業や放課後などで勉強やスポーツを教えてもらったり、一緒に遊んでもらったりすることがありますか(習い事の先生は除く)」という質問があります。

これに対し、全国の中学2年生の約55%が「そうした経験がない」と答えているのです。こういった現状を地域の力で変えていきたいという風に考えています。

TLG GROUP 編集部:素晴らしい取り組みだと思います。私も学生時代にそういったプログラムがあったら受けたかったです。

教育現場と地域社会の連携の重要性

TLG GROUP編集部:現在、文部科学省は「地域とともにある学校への転換」を推奨しています。この取り組みにはどのような目的があるのか詳しく教えていただけますか?

市瀬教授: これは、地域や社会とのつながりを通じて、子どもたちが自らの人生を切り開いていく力を育むことが目的です。

ジョン・デューイが『学校と社会』(1899年)という著書の中で提示している社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)という概念があります。

これは、学校が上手く機能するためには、地域や学校におけるコミュニティ関与が重要であるといったものです。

現在、「地域に開かれた学校」の一環としてコミュニティスクール*の導入も進められており、2023年度の導入校は1万8,135校で、導入率は52.3%と半数を超えています。

この取り組みのポイントは、大人が子どもを手伝うだけでなく、大人も子どもたちと共に学び、成長することです。

次世代を担う子どもたちと接することで、大人自身も新たな気づきを得て変化していくことが求められているのです。

*コミュニティスクール(学校運営協議会制度)とは:学校と地域住民等が力を合わせて学校の運営に取り組むことが可能となる「地域とともにある学校」への転換を図るための有効な仕組みのこと。

TLG GROUP編集部:そのような地域社会と教育現場が連携することで、得られる成果や利点についてはどのようなものがあるとお考えですか。

市瀬教授:具体的な成果や利点は、学校と家庭を往復するだけの生徒を、地域課題に取り組みに参加して自己有用感を育み、地域社会を変革する意識に繋げられることにあります。

地域社会を知る経験がないままでは、将来社会に出た際に、自分がどう関わるべきか、どう社会と向き合うべきかが分かりにくくなってしまいます。

また、ヨーロッパとくに北欧では、生徒が社会に貢献したいという意識が強く、学校時代からさまざまな社会活動を通じて「自分の力が社会に役立つ」という経験を積み重ねています。

つまり、社会と関わる経験を提供することで、子どもたちが「自分は社会や周りの人の役に立てている」という実感を持ちながら成長し、将来的には社会貢献への意識につながるでしょう。

TLG GROUP編集部: 地域社会と関わる経験が、子どもの成長や自己有用感を高める機会になるということですね。

そのような機会の提供には、教育現場と地域社会の連携が必要と思われますが、現状はどのようにして行われているのでしょうか。

市瀬教授:例えば、コミュニティスクール、公民館などを始めとした社会と連携した教育課程の取り組みが政策として進められており、学校と地域社会を結びつけようとしています。

しかし、なかなかうまく重なり合っていかない現状があります。それぞれがバラバラに取り組んでいるような状況です。

例えば、ある学校が地域に出て調べ学習や探究学習を熱心に行っている場合でも、地域があまり協力的でないこともあります。

また、公民館が積極的に活動していても、学校の生徒がその活動を知らないこともあります。

TLG GROUP編集部: お互いの活動の状況を共有できていない現状があるのですね。

市瀬教授:そうです。このバラバラな状態は非常にもったいないと感じます。

これらの施策と教育活動が重なり合えば、相乗効果が生まれ、地域の教育力、つまり地域全体で子どもを育てる力が高まるのではないかと考えています。

例えば、東京では板橋区の事例のように、地域コミュニティが機能して学校と連携している場所もありますが、地域によってその取り組みに大きな差があります

中には、学校と地域社会がほとんど関わりを持たない地域もあり、今後はそのような地域がさらに盛り上がり、より多くの連携が生まれることを期待しています。

また、学校や公民館、地域のNPO法人が連携すれば、教員の働き方改革にもつながるでしょう。

外国人児童生徒への支援と地域の役割

TLG GROUP編集部:市瀬様は、外国人児童生徒の支援に関しても研究されていらっしゃいますが、その現状と課題について教えてください。

市瀬教授:まず、外国人の児童生徒が地域の学校でどのように共生していくかが大きな課題です。

地域と外国人児童生徒の関係についてですが、これから外国人の生徒が増えるのは日本の将来を考えるにあたっては避けられません。

調査や研究によると、外国人の集中する地域で、多くの外国人生徒たちは家では母語の外国語で親と会話し、学校でも同じ言語グループの友人と一緒に過ごすことが分かっています。

そうなると、日本社会と接点を持つ機会が少なくなり、言語や社会的スキルを習得する機会が限られたり、その後の日本社会への参画が上手く進まなかったりします。

そこで、例えば中学校の部活動に参加したり、日本人の生徒とチームを組んで探究活動したりなど、外国人の子どもたちも日本の子どもたちの集団に入る経験が大切です。

学校教育において、外国人児童生徒をどう包摂できるかが、今後の多文化共生を考えるカギになると考えています。

TLG GROUP編集部:外国人児童生徒に対して、日本の子どもたちの集団に入る機会を提供することが共生につながりそうですね。

では、外国人に関して、地域はどのように関与することが重要だと考えられていますか?

市瀬教授:「外国人が日本と外国をつなぐ架け橋になる」という考え方もありますが、外国人自身が地域でどう生活基盤を築き、地元でどのように暮らしていくかも重要な視点です。

東北地方のように人材不足の課題を抱える地域では、地域産業を担う人材としての期待があります。

外国とつながる存在としてだけではなく、地域の産業や生活の一部として貢献してもらうことも選択肢の一つです。

TLG GROUP編集部:外国人生徒が日本の地域社会にも参加してもらうために、どのような取り組みが行われているのでしょうか。

市瀬教授:学校のキャリア教育においては、地域社会でのインターンシップや大人との交流が行われています。

ここでは、日本人生徒と同様に、外国人の生徒が「地域にとって必要な存在である」と実感できる機会を提供してはどうでしょうか。

これにより、外国人児童・生徒も地域の一員であるとの認識が高まり、共に成長していけるのではないかと考えています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。それでは最後に、インタビューを読んでいる方に向けてメッセージをいただけますでしょうか。

市瀬教授:これからの教育において、学校と家庭の往復だけでなく、地域社会との接点を増やすことが理想のモデルです。

自分の存在を社会の中で確認する経験を提供することが、今後の学校教育や地域社会との関わりにおいて重要な部分であり、強化されていくべきだと考えています。

児童生徒が「自分の力が役に立てている」という成功体験をどんどん積み上げて、学校や会社などの組織の中だけではなく、自分が社会を変えていくといった当事者意識につなげていってはどうでしょうか。

このインタビュー記事を読んでいただいている方にも、地域を考える視点を持ってもらえればいいなと思います。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。市瀬教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 人口減少が進んでいる地域では、教育力の低下が懸念されている
  • 東北地方の教育現場では、地域の資源や防災・減災の取組教育を活用しながら、持続可能な社会の担い手を育てることを目指している
  • 地域連携の取り組みが進められ、子どもと大人が共に学び合う場を創ることが重要視されている
  • 学校教育や地域社会が連携して、「子どもたち自身の存在が役に立っている」という自己肯定感を高める機会を提供することが大切
  • 外国人児童・生徒への支援では、日本社会との接点を増やし、地域にとっての必要な存在として認識されることが重要。

本インタビューを通じて、地域社会が子どもたちに「自分が社会に役立つ存在である」という経験を提供し、将来的な社会貢献意識を育むことが大切であると分かりました。

地域の豊かな資源や防災・減災の経験を活かし、持続可能な社会の担い手を育む取り組みは、私たち一人ひとりが理解し、支えていくべきものです。

また、外国人児童・生徒に対しても、日本社会との接点を増やし、地域に必要とされる存在としての経験を積む機会を提供されると良いと思います。

地域社会と教育の連携を強化し、持続可能な社会の担い手を共に育むための取り組みには今後も注目が集まりそうです。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年12月5日