近頃の若者には「自分のやりたいことを仕事にしたい!」「仕事にやりがいを感じたい」と考え、起業家を目指す人も多いでしょう。
起業家を目指す上でアントレプレナーシップという言葉をよく耳にしますが、実際どういった考え方なのでしょうか。
そこでこの記事では、豊橋技術科学大学でアントレプレナーシップ教育を担当されている土谷特定准教授に、新社会人が起業家を目指す上で意識すべきことや、富士フイルムで勤務し第2創業の大変革も経験されたというご自身のキャリアについてお話を伺いました。
豊橋技術科学大学 研究推進アドミニストレーションセンター
アントレプレナーシップ教育推進室 副室長 土谷 徹(つちや とおる)特定准教授
北海道出身。豊橋技術科学大学大学院修了後、富士フイルムに入社。写真フイルム事業崩壊から第2創業という大変革の時期を経験。
母校での研究所設立と同時に大学教員に転身。2019年よりアントレプレナーシップ教育を担当。
富士フイルム勤務からアントレプレナー教育者へ
TLG GROUP編集部:まず最初に、土谷特定准教授がアントレプレナーシップ教育者になられたきっかけを教えてください。
土谷特定准教授:もともとが会社(富士フイルム)で勤務していた間にいずれは大学で勤務したいと思っていたんです。
そんな時、富士フイルムが第2創業という大変革期を迎えました。つまり、写真フイルム事業がほとんど崩壊した代わりに、デジタルを活用した事業を次々と生み出し新しい会社に生まれ変わったんです。
TLG GROUP編集部:富士フイルムというと、アスタリフトなどの化粧品も有名ですよね。
土谷特定准教授:そうですね。今は化粧品などが目立っていますが、当時はありませんでした。
そんな第2創業を迎えた富士フイルムでは、50代の人の早期退職者を募っていました。私は以前から転職のタイミングを伺っていたので「40代も対象にならないかな」と漠然と思っていたのですが、第2回目の早期退職者の募集で40代が対象になりました。「今が大学教員になれるチャンスだ!」と思い転職を決意し、現職の大学教員になることができました。
その後大学に入ってからは、大学に新しくできた研究所の運営側に関わるようお願いされたことから始まり、その後大学の研究戦略や研究支援を担当するようになり研究者から少し離れました。
アントレプレナーシップ教育者になった経緯としては、本学も参画している名古屋大学を中心に始動した「Tongaliプロジェクト」が、2017年に文部科学省の「次世代アントレプレナー育成事業」に採択されたことがきっかけです。
その翌年の2018年からアントレプレナーシップ教育が本学でも始まり、徐々に教育者にシフトしていった経緯があります。
TLG GROUP編集部:一般企業にお勤めされていて、心機一転で大学教員の道を進まれるのはすごいですね!やはり、教育者としてキャリアを積まれる中で課題はありましたか。
土谷特定准教授:課題は沢山ありました。やはり大学独自の文化がありますし、いまだに企業に勤めていた時の癖が抜けないので違和感は多少あります。
TLG GROUP編集部:例えばどういった違和感でしょうか。
土谷特定准教授:大学の教員はどちらかと言えば実践を伴わないような教育が多い反面、企業は研究開発から商品化まで関わってくるので行動に移さないと何も生まれません。その差が大きかったですね。そういう意味でもアントレプレナーシップ教育は自分に向いていました。
TLG GROUP編集部:アントレプレナーシップ教育とは、簡単に言えばどのような教育なのでしょうか。
土谷特定准教授:アントレプレナーシップ教育とは、ベンチャー企業を立ち上げるためだけではなく、新しい事業や価値を生み出す教育です。つまり、机上の空論だけではなかなか上手くいかないので、実践的に突き詰めていくことが大切です。そういう意味でも、自分が企業で培ってきた経験が活かされる分野だと思っています。
TLG GROUP編集部:企業に勤めることと大学で教育を行うことは職業としては大きく異なりますが、アントレプレナーシップ教育においては通じるものもあるということですね。
起業家を目指す若者が意識すべき3つのポイント
TLG GROUP編集部:若くして起業家を目指す人も増えてきていると思いますが、そういった人がこれから意識すべきポイントなどを教えていただけますか。
土谷特定准教授:私は教育プログラムの中で「本質思考」「未来創造」「課題発見」というものを意識すべき点として挙げていますが、言葉だけ聞くとなかなか理解していただくのが難しいかもしれません。
まず最初に「本質思考」について分かりやすく例を出してみましょう。
政治の話も含めて言えることですが、昨今の世の中には物事を素直に受け入れる人が多い傾向があります。しかしながら、深く本質を突き詰めなければ分からないことは沢山あるでしょう。
例えば、社会課題に「ホームレス問題」がありますね。その言葉だけで解決策を考えると「家を与えればいい」「空き家を利用すればいい」と言う人もいます。しかし、家を与えるだけで問題が解決するわけではありませんよね。
TLG GROUP編集部:確かに、根本的な解決にはなっていませんね。
土谷特定准教授:課題の解決にあたり物事の本質を考える必要があります。つまり、その人がホームレスになった社会背景も考えなければいけません。
例えば、社会経済が悪化していると仕事に就けず家に住めない人が増え、ホームレス問題に繋がります。あとは、経済以外だとパワハラ・いじめなどで心身を責められて自信喪失になりホームレスになる人もいます。また、ホームレスには生活保護という制度の知識がない人も多いです。
TLG GROUP編集部:制度を知らない人だけでなく、「制度を自分は利用できない」と思い込んでいる人も多いですよね。
土谷特定准教授:そうですね。このように、その人なりの背景や事情まで深く掘り下げて解決しないといけないでしょう。それが「本質思考」です。
次は「未来創造」です。実際、目の前にある課題を取り上げて、その解決策を考えることは多くの人が行うと思います。その中で私が教育の場で学生に伝えているのは「目の前にある課題が1年後〜3年後も存在する課題だとは限らない」ということです。
例えば、「2030年予測」などといった未来予測をテーマにした本は世の中に溢れていると思います。しかしその本で予測する未来は、必ずしも望ましい未来であるとは限らないですよね。
このように、未来予測が自分の望ましい未来でない場合、「自分はどんな未来を望んでいるのか」または「自分はどんな未来を創り上げていきたいのか」を考えるのが未来創造です。自分が創り上げたい未来に向けて、現時点から考えた時に自分が達成しなくてはならない課題(ギャップ)が沢山あると思いますが、それを考え発見していくことが重要だと思っています。
TLG GROUP編集部:それが最後の「課題発見」に繋がるのですね!
土谷特定准教授:その通りです。皆さん課題発見というと、SNSなどでキーワードを叩いて見付けるようなものだと思っているかもしれません。
TLG GROUP編集部:確かにそうですね。答えが書いてあると思いSNSを頼りにしてしまうところはあります。
土谷特定准教授:SNSで見付けた課題が未来永劫同じだとは限らないので、それではあまり意味がありませんよね。先程もお話ししましたが、これからは自分の望む未来に対する課題を自分なりに考え出さないといけない時代と言えるでしょう。
これら3つのポイントは教育の中でも関連しており、これから起業家を目指す人に意識してほしいことだと思っています。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。ちなみに、これらの3点を実際に学生の方に伝える際に、特に重要視されていることはありますか。
土谷特定准教授:そうですね。やはり起点となるのは「未来創造」なので、目指したい未来に対して自分が何をしなければならないかを常に考えるようにお伝えしています。
また、世の中のアントレプレナーシップ教育やスタートアップ関連の教育は、ベンチャーを立ち上げる方法や、実際にベンチャーを立ち上げた後のマーケット戦略など、経営学寄りのプログラムが多いです。だからこそ、いざ実践投入してテストなどをした際に「良い」か「悪い」かが白黒つかないことも多々あります。
TLG GROUP編集部:本質的な課題に気付けないまま経営してしまうパターンもありますよね。
土谷特定准教授:そうですね。だからこそ出発点が大事です。
例えば、コロナ禍の政府の対応には色々と意見があったと思います。日本に限らない話ですが、政府もあの混沌の中で課題を上手く掴めていなかったのだと思います。だからこそ、実際に何かが起きないと動くことができなかったのでしょう。
従来の教育も同様で、すでに課題は与えられていて、その課題を解決するスキルだけを伸ばそうとしていました。また、その文化が根付いているのは事実としてあります。
日本に限ったことではありませんが、多くの人は価値観が壊れるような大きなことが起きた時に対応が出来なくなってしまいます。そしてそれは、課題発見の思考力が乏しいからだと言えるでしょう。
私の過去の話になりますが、富士フイルムが第2創業の変革を迎えた当時、フイルム事業が崩壊したことで売り上げの6割〜7割がなくなってしまいました。これもコロナ禍の状況と非常に似ています。今までの価値観がひっくり返ってしまい、何もかも上手くいかなくなりました。
だからこそ、ゼロから何かを生み出さなければいけないし、違う価値観で物事を考えることが今の時代には必要だと考えます。
また、今はAIやロボットの進化が進んでいることに目を背けてはいけません。人間はAIやロボットの課題解決力の高さには到底敵いません。したがって、今まで課題を与えられて解決することしか出来なかった人間は、これから先ますます苦境に陥ってしまいます。
しかし、逆に言うとAIやロボットに課題を与えることは人間にしか出来ません。だからこそ私は、学生に「課題を与えられる人間になってほしい」と伝えています。
TLG GROUP編集部:AIやロボットを逆に利用できるような人間になるべきということでしょうか。
土谷特定准教授:そうとも言えますね。例えば、近年ではChatGPTをはじめとしたAIチャットボットサービスが出ていますが、私は学生に是非使うようにと伝えています。
まず生成系AIに聞いてみて、生成系AIが出すアイデアは参考程度に留めておくのが良いでしょう。生成系AIが出すアイデアは普通で100点満点の、いわゆるみんなが考えることなので、生成系AIが思い付かないような「意外性のあるアイデア」を出せるように指導しています。
TLG GROUP編集部:なるほど。便利なものを上手く使うことで効率的になりますし、あえてその発想を避けるようにするという点も非常に勉強になります。
まとめ:大切なのは「少しだけ考えてから行動に移すこと」
TLG GROUP編集部:それでは最後に、若くして起業家を目指す人に向けてメッセージをお願いします。
土谷特定准教授:私が仕事をする上で大切にしている失敗の哲学で2つ紹介したいことがあります。
1つは「成功の反対は失敗ではない。何もしないことだ」ということです。そしてもう1つは「何も考えずに行動することは、失敗を計画していること」です。
特に後者については是非意識してほしいことです。何も考えないで行動すると、おそらく同じ失敗を繰り返してしまいます。
少しでもいいので目標を設定して行動すれば、同じ失敗は繰り返さないでしょう。何事も、少しだけ考えてから行動に移すことが大切です。
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2023年12月7日