神戸大学大学院 尾崎弘之 教授【企業経営における「プランB」の利点とは?企業成功の鍵を探る】

神戸大学大学院 尾崎弘之 教授に独自インタビュー

現代のビジネス環境はますます不確実性が高まり、予測不能な変化が日常的に起こります。このような状況下で企業が成功するためには、従来の計画通りに進むことが難しくなっています。

そこで、注目されるのが「プランB」という概念です。プランBは、予期せぬ事態に備えるための準備であり、企業が柔軟かつ迅速に変化に対応するための重要な手段となっています。

この記事では、企業経営におけるプランBの有用性を探るために、「プランBの教科書」(集英社インターナショナル)の著者である神戸大学大学院の尾崎弘之教授に独自インタビューさせていただきました。

尾崎弘之教授の紹介
神戸大学大学院 尾崎弘之 教授

神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科
尾崎弘之(おざきひろゆき)教授

1960年、福岡市生まれ。東京大学法学部卒業後、野村證券入社。ニューヨーク法人などに勤務。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス勤務を経て、2001年にベンチャー業界へ転身。2005年より東京工科大学教授。

2015年より神戸大学科学教授、同大経営学研究科教授(兼任)。政府役職は核融合エネルギー委員会委員、大学発ベンチャー支援など。早稲田大学博士(学術)。著書多数。

不確実性時代における企業の対応策とプランBの有用性

TLG GROUP編集部:尾崎様は、企業や組織が不確実性やリスクに適切に対処するための戦略や手法を提案し、実際に著書「プランBの教科書」など、様々な機会において実践に役立つ研究成果を多数発表されていると存じ上げます。

近年、様々な背景から国際情勢の緊張が高まる中、企業は不確実性に直面する機会が増えていますが、このような状況下における「プランB」の重要性についてお伺いできますでしょうか 。

尾崎教授:通常、プランBは、一般的には何か問題が発生した時に考えればいいものとされています。要するに、「問題が大きくなる前にあらかじめ考えておこう」という使われ方をされていないことが現状です。

しかし、現在の政治や経済の状況では、不確実な要素が増えており、初めから「プランA」がうまくいかない可能性を前提に考える必要があります。問題が生じた後に対処法を考えるのでは遅すぎることが多い。そこが従来のプランBの概念とは大きく異なることを私は強調しています。

世の中が複雑化し、組織も複雑なところが多いため、意思決定には時間がかかります。事前に環境が変わった場合の対処法を考えておくことが、ますます重要になっています。

TLG GROUP編集部:例えばプランBを活用した成功事例などがございましたら、ご教示いただけますと幸いです。

尾崎教授:多くの事例があります。例えば、化学メーカーの東レをケースに挙げます。現在米ボーイングが製造する飛行機の機体に使われている素材の1つに、「炭素繊維」(カーボンファイバー)があります。この素材は非常にしなやかながら強度が高く、しかも軽量という特徴があります。

もともと飛行機には高強度アルミやチタンなどが使われていたのですが、燃費を良くするため軽量化のニーズが常にあります。ただ、航空機は多くのCO2を排出するため、温暖化防止規制やSDGsの観点からさらに燃費を良くする必要があります。

ただ、軽量化しても強度や耐腐食性などを犠牲にすることはできません。その点、炭素繊維は格好の素材です。ただ、もともと糸状の素材であり、果たして糸が航空機に使用できるか疑問視されてきました。

炭素繊維の基礎研究は1950年代から行われており、その間に様々なプランBが実行されてきました。1970年代や80年代には、釣り竿やゴルフクラブのシャフトなどに炭素繊維が使用され、そのしなやかさと耐久性が確認されてきました。

この間、開発部門はずっと赤字でしたが、たとえ小さな市場でもプランBをいくつも用意してきたという歴史があり、担当部門は赤字を減らす努力を続けてきました。このようなプランBをいくつも並べて、最終的に飛行機の素材に使うという大きなビジネスに繋がりました。

成果が出ない長期の研究開発は打ち切られてしまうことが多いが、釣竿やゴルフクラブで「時間稼ぎ」をしたことが、忍耐の末の大きな航空機ビジネスになった成功例と言えます。

また、ウーバーにも「プランB」が見られます。ウーバーが編み出したライドシェアリングはサンフランシスコから色々な国に普及していきましたが、日本ではほとんど普及していません。しかし、東南アジアなど他の地域では、ウーバー以外のライドシェアサービスも普及しており、GrabやLyftなどが代表例です。

日本ではライドシェアリングが広がっていない理由は、タクシー業界の「白タク規制」にあります。この規制により、基本的に営業免許を持つタクシー会社しか有償で乗客を載せることが許可されていません。

この規制が厳しく、タクシー業界の政治的影響力も大きいため、ライドシェアリングに対する反対意見が強い。その結果、ライドシェアリングの日本での普及はほぼゼロです。

この問題に対するウーバーの「プランB」は2つでした。1つ目は、日本のタクシー会社に配車のアプリシステムを提供して業界を支援することです。白タク規制緩和を認めさせるには、タクシー業界との協力が必要です。

他の国でもウーバーとタクシー業界の間で同様の軋轢が存在しましたが、政治力が強い日本のタクシー業界とは協力的な姿勢が特に必要でしょう。

二つ目のプランBは過疎地でのライドシェアリングの導入です。電車やバスだけでなくタクシーさえ営業していない過疎地が日本に結構あります。このような地域で民間のライドシェアリングを提供することは、日本では強いニーズで、サービス提供者は都市部でのライドシェアリング普及にこだわる必要はありません。

他の国ではタクシーサービスが悪い、値段が高いという利用者の不満が強い都市部を中心にライドシェアリングが普及していますが、日本では過疎地でのニーズが大きく、それに応えるのがウーバーにとってのプランBです。

今、国家戦略特区をはじめゆっくりと規制緩和が進んでいますが、まだ不十分です。社会的ニーズが強いこのプランBが将来的に大きなビジネスになるかもしれません。

2024年3月13日、日本経済新聞に次の記事が掲載されました。

「ライドシェア、東京23区・京都市は毎日運行 国交省方針
国土交通省は13日、4月に地域限定で解禁し、一般ドライバーが有償で乗客を送迎する「ライドシェア」を巡り、東京や京都など4区域で導入を認める方針を明らかにした。東京23区や京都市は毎日運行を可能とした。他の区域も順次公表する。」

過疎地で顕著だったタクシー不足が東京や京都などでもコロナ禍以降顕在化しています。事業環境が大きく変わってきました。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。規制の緩和とともに、プランBが成長していくには、結構な時間がかかるということですね。

尾崎教授:特にこのケースではそうだと思います。

成功例から見るプランBの導入による企業の利点

TLG GROUP編集部:例えば、プランBを導入することで企業はどのような利点を得ることができるのでしょうか。

尾崎教授:メリットというよりも見直ざるを得ない状況だと思います。現在ほぼ全ての上場企業は中期経営計画を策定し、3年後にどのような状況になるかを描いて株主に約束しています。

しかし、正直に言えば、3年先のことなんて誰にも分かりません。計画は長期的に立てるべきであると一般的には認識されていますが、これは諸刃の剣です。なぜなら、長期計画に固執すると、途中で状況が変わっても対応できなくなるからです。

社内の誰もが最初の計画が破綻したと思っているにもかかわらず、長期計画を立てているから変更できないというのは経営上大きなリスクです。

言い換えれば、プランBを用意して状況変化に対応するのを自らやめていることと同じです。3年後の見通しが当たることは極めて稀で、100%予測できると思うことは非現実的です。

TLG GROUP編集部:確かに難しいですね。スタートアップ企業でも、10年後に存続する企業は僅か6%程度だと聞いたことがあります。となると、中小企業の経営者の方々にとっては、プランBがなければさらに難しいですよね。

尾崎教授:おっしゃる通りです。中小企業の経営者がよく言われるのは、「自分たちは市場開拓や、状況のコントロールをできない」ということです。親会社や元請け会社が発注先を変更しただけで自分たちはすぐに潰れてしまう可能性があるということです。

実際にやってみないと経営の難しさは理解できないと社長さんたちは言いますが、困難でも自社の環境をどうやって良くするか考えるのは経営者の責任です。

スタートアップも、従業員がいて、資金調達している以上、経営者の責任は重いものです。自分たちはプランBのような「大層な」戦略を立てられないという考え方は間違っています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。大手の社長さんだけでなく、中小企業の経営者もプランBだけでなく、プランCやプランDなど複数のプランを考えることが重要なのでしょうか。

尾崎教授:プランの数に絶対的な正解は存在しないので、状況や環境に応じて柔軟に対応することが必要です。経済学の観点から言えば、ダイナミックなアプローチが重要でしょう。

企業のプランB移行の障害要因とは?『悪魔の代弁者』の役割と効果

TLG GROUP編集部:頭では理解していても、企業がなかなかプランBに移行できない状況や、事前に備えができないことがあると思います。企業の場においてプランBを妨げる要因は何でしょうか。

尾崎教授:要因としては2つあると思います。1つは経営者自身に関することです。例えば、大企業では優柔不断でリーダーシップがない人でも社内政治に長けていれば社長に就任することがあります。

一方、スタートアップの起業家は、自らリーダーシップを発揮し、迅速な意思決定ができるイメージがありますが、実際にはそうとは限りません。米国の心理学者がスタートアップの経営者を対象に行った研究では、自ら企業を立ち上げる人は非常に楽観的なタイプが多い傾向があることが示されています。

TLG GROUP編集部:そうなんですか!

尾崎教授:確かに、楽観的な姿勢は未知のものに挑戦し、リスクを取る際に必要不可欠な資質と言えます。しかし、この楽観性がプランBを実行する際に障害になることがあります。

なぜなら、楽観的な人は初期のプランが正しいという強いバイアスを持ち、プランAが成功すると信じて譲らない傾向があるからです。そのため、状況が変わってもプランを変更できず、自らが修正の足枷となってしまうことが研究によって見出されています。

また、楽観的な人は一度成功すると、自身をスーパーマンのように感じ、万能感が出る傾向があります。それがプランを変更するときの妨げになります。

2つ目は、組織上の問題です。大規模な組織ほど部署ごとに縦割りされていますが、各セクション内で決定できる問題については縦割りでもそれほど困りません。しかし、会社全体の事業戦略に関わる決定については、セクショナリズムを超えていかなければなりません。

このような大きな意思決定に関しては、縦割り組織を超えて、トップマネジメントが深く関与する必要があります。しかし、トップマネジメントが2〜3年など短期間で交代するような企業の場合、トップが直接意思決定をしてもあまり意味がなくなります。

オーナー企業と比較して大企業では、トップの任期が比較的短い傾向があります。業績不振、スキャンダルなどの要因によってトップの交代が頻繁に行われることも多いです。単に経営者をすげ替えることをガバナンスだと思っている人がいますが、やり過ぎると長期戦略上マイナスです。トップの交代が頻繁に起こると、経営戦略が継続しません。

イノベーションに関わるプランBは、10年くらいかけてじっくり進めることが重要です。先ほど例に挙げた炭素繊維のようなケースには基礎研究から70年ほどかかっています。ここまで長期間になるとレアケースですが、トップの頻繁な交代によって、現場の関係者が長期視点で取り組むことが難しくなることを再認識するべきです。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。また、そういった障害への対策として尾崎様が提示される「悪魔の代弁者」という仕組みについてお教えいただけますでしょうか。

尾崎教授:「悪魔の代弁者」は日本人にはあまり馴染みがない言葉ですが、中世ローマカトリック教会の役職として作られました。

この役割は、トップの意思決定が組織に大きな影響を与える場合、ありとあらゆる角度からトップに助言(粗探し含む)することです。周到な準備をして意思決定をすることが必要という考えに基づいています。米国軍の「レッドチーム」という組織が近代的な悪魔の代弁者の第一号だと言われています。

米軍のレッドチームは、米国だけでなく世界の動向に影響を与える組織です。ここでは縦割りの影響を受けない組織作りがされています。

レッドチームは企業の内部監査室とは違います。内部監査室は、組織内で不正・不適切行為が起きていないかチェックする役割があり、組織としては必要な存在です。しかし、内部監査室には問題点の解決策を作ることは期待されていません。内部監査室は現場で不正が起きてないかをチェックする仕事なので、官僚的な実務能力が求められます。

一方でレッドチームの場合は、内部監査と戦略企画の役割を併せ持つ必要があります。大抵の組織は両方の部署がありますが、ここでもセクショナリズムが発生します。したがって、重要案件は別途レッドチームが取り仕切るわけです。

チームとして成功するためには縦割りを超えた協力は勿論、組織内外の情報に精通し、マイナスの粗探しするだけではなく、問題解決の最適なプランを見つけられるメンバーが必要です。レッドチームは人事的な「吐き溜め」ではなく、出世コースに組み込まなければなりません。さもないと、優秀な人材を真剣に働かせることができません。

TLG GROUP編集部:貴重なお話をありがとうございます。

また、尾崎様は大学教員としてご活躍される前はベンチャー業界にいらっしゃったと存じております。 最後に、ベンチャー企業への就職を目指す、またはベンチャー企業を起業したいと考える学生に対し、尾崎様から応援のメッセージをいただけますでしょうか。

尾崎教授:近年、大学発ベンチャーが増えています。私は20年以上にわたり大学発ベンチャーの研究を行っていますが、20年以上前はそのような挑戦をする人は日本にほとんどいませんでした。

マスコミはシリコンバレーと比較して「日本には起業家が少ない」とよく語りますが、時系列で見ると日本に起業家は増えています。過去20年間日本のGDPはほとんど成長していなくても、起業家は増えてイノベーションのポテンシャルは間違いなく上がっています。

MITの大学発ベンチャー支援センターの研究を見ると、起業で成功するかは、そこに挑む人の母集団が大きいことが重要です。大企業と比べてスタートアップ企業は失敗する確率が高いため、日本でも母集団を大きくすることが不可欠です。

母集団が大きくなると、起業した人の情報が身近で増え、自分も挑戦したいと思うようになります。そういったノウハウに触れると、プランBなど適切な対応策への移行が可能になります。

今の日本は起業のための環境がかなり良くなっており、たとえ失敗したとしてもベンチャー企業を作ったことがある「挑戦者」は社会でポジティブに評価されます。興味がある人は是非挑戦してもらいたいと思います。

新卒でいきなり起業する必要はなく、まず大きな組織に入って経験を積むのも良いルートです。大企業のサラリーマンになっても、そこで骨を埋めるつもりか、近い将来起業したいのか、目標設定によって人の行動は大きく変わります。これは個人の価値観の問題だと思います。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。尾崎教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 不確実性が高まっている現代において、初めからプランが上手くいかない可能性を前提に考え、事前に対処法としてのプランBを用意することが重要である
  • プランBの実行には時間がかかることがあるため、着実なプランBの実行には忍耐が必要である
  • 企業は長期計画に固執せず、状況や環境に応じて柔軟に対処できるように、常にプランBを用意しておく必要がある
  • 企業がプランBに移行する障害は経営者の楽観性と組織の縦割りであり、マイナス面を見極めつつ柔軟な意思決定を図ることが重要である
  • 企業で成功するかどうかは募集団の数が重要であり、募集団が増えることで情報が増え、失敗した場合のプランBへの移行が可能になる

現代の不確実な状況下では、プランが上手くいかない可能性を考慮し事前にプランBを用意することが不可欠です。

また、経営者の楽観性と組織の縦割りがプランBの障害となる可能性があるため、マイナス面を見極めつつ柔軟な意思決定を心がけることが非常に重要です。

そのため、現場からの認定を得られるようなチームを作ることも有効でしょう。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年3月13日