北海道情報大学 西平順 学長【食からのアプローチで健康寿命の延伸を目指す】

北海道情報大学 西平順 学長に独自インタビュー

「軽度不調」は、現代の若者に多い「なんとなく身体がだるい」「イライラする」状態です。そんな軽度不調はバランスの取れた食事によって改善することが可能だと言われています。

そこで今回は、そもそも軽度不調とは何か、また食と健康寿命の延伸について、炎症、腸管免疫、肥満、臨床栄養を専門とされる北海道情報大学の西平学長に独自インタビューさせていただきました。

また、北海道情報大学は2008年に住民参加型の食の臨床試験「江別モデル」を構築して以来、国内外で注目を集めています。インタビューでは「江別モデル」の全貌や発足の経緯についてもお話を伺っているので、是非ご覧ください。

西平順学長の紹介
北海道情報大学 西平順 学長

北海道情報大学 医療情報学部

西平順 (にしひらじゅん)学長

昭和54年北海道大学医学部医学科卒業後、北海道大学医学部内科学第二講座医員となり、昭和59〜60年は米国ウェイクフォリスト大学医学部リサーチフェロー、平成10年より北海道大学医学研究科分子医科学助教授、平成18年より北海道情報大学教授、平成28年より北海道情報大学副学長、令和3年より北海道情報大学学長を務める。研究領域(医学博士)は炎症、腸管免疫、肥満、臨床栄養。

「軽度不調」は放っておくと危険?思わぬ病気を引き起こすことも

TLG GROUP編集部:それでは最初に、現代人に多い「軽度不調」について、定義なども含めて詳しく教えていただけますか。

西平学長:健康と病気はある基準で明確に分けられるものではないので、軽度不調とは何かを一言で言い表すのは難しいです。しかし、「血液データなどから特に病気とは診断されないが、何となく体調が悪い身体状態」と定義しています。いわゆる未病に一部に含まれる概念です。また、これらの症状を適切に管理しないと病気に陥る状態です。

多くの人が職場などで職業性ストレス簡易調査票に回答されたことがあるかと思います。調査票に回答することで、イライラ感、活気の低下、疲労感、身体愁訴、不安感・抑うつ感などのストレスレベルが判明します。

そして、これらの症状が軽度不調を良く表しており、薬を飲まなくても食事や運動など生活を改善することにより、健康状態を取り戻せます。

また、軽度不調については「心身の反応点数表」に基づき点数付けをすることで、「からだの軽度不調」であるのか「こころの軽度不調」であるのかを簡単に調べることができます。

これらの、食事や軽い運動など生活習慣の改善により健康な状態に戻すことができる症状を軽度不調と総称しています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。ちなみに、軽度不調を改善する食事にはどのようなものがあるのでしょうか。

西平学長:食品に含まれる栄養素には、食事の3大栄養素(糖質・脂質・たんぱく質)にビタミン・ミネラルを加えた5大栄養素があります。

軽度不調に関係する人を1,000人集めて調査したところ、5大栄養素の中でもビタミン・ミネラルなどが比較的足りないことが判明しています。ビタミン・ミネラルは野菜・果物・肉類・魚類などに豊富に含まれているので、これらの食材を積極的に食事に取り入れるべきであると考えています。

また、何か1つを多く摂ることよりも、一汁三菜を意識してさまざまな食材をバランス良く摂ることや過食を避けることが大事です。厚生労働省では「食事をバランス良く摂りましょう」と啓発されていますが、データに基づいた私たちの研究からも食事のバランスの重要性が証明されています。

主食であるご飯、主菜である肉や魚、副菜である野菜などのバラエティに富んだ食材をバランス良く摂ることが健康の秘訣だと言われており、軽度不調を含め、生活習慣病などの予防にも効果があります。

中高年世代だけでなく、AYA世代(Adolescent and Young Adult)のような若い世代には、食事のアンバランスによって過度に痩せている人や若くして骨粗鬆症の人が少なからずおります。食事のアンバランスは、生理不順や睡眠不足を引き起こすことがあるので注意が必要です。

TLG GROUP編集部:軽度不調は若い女性にも多いんですね。

西平学長:そうですね。男性にも見られますが、若い女性にも意外と多く見られます。

若い世代はデータを見ると罹患率(病気になる確率)は高齢者と比較して低いのですが、一方で軽度不調は壮年期と呼ばれる働き盛りの世代の間でも多く見られます。

TLG GROUP編集部:その点で言うと近年企業の健康経営が話題になりますが、いわゆる「出社しているけど元気がない」「仕事の効率が悪い」という状態の人を改善するために、企業がするべき取組は何だとお考えでしょうか。

西平学長:健康を維持するためには、健康に関する食事や運動などの知識が非常に大事です。まずは働き手(従業員)がヘルスリテラシーを学べるような環境を整えることが健康経営の基本であると考えます。

また、継続的に健康について関心を持っていただくことも大切なので、健康アプリケーションなどを利用するのもいいでしょう。

企業業種によって働き方も異なりますので、勤務スタイルに合った食事の取り方を模索しつつ、ビタミンやミネラルなどの不足している栄養素を補うようアドバイスすることが必要であると考えています。

仕事中の例について、食事のバランスは取れているはずなのに体調が良くならないと言う時は、先程お伝えしたようにビタミンやミネラルをオフィスで仕事の合間に少し摂取補助すると仕事の生産性が上がるといった事が考えられます。

企業の健康経営は従業員の健康に留意し、生産性の高い状態を実現することが目標の1つですが、軽度不調の改善はその目標の具体的な例と言えるでしょう。

食と健康と情報の融合「江別モデル」の構築

TLG GROUP編集部:それでは、実際に貴学が構築された食の臨床試験システム「江別モデル」の仕組みや、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」に採択された経緯などについてお聞かせ願えますでしょうか。

西平学長:まず「江別モデル」について簡単に説明します。

「様々な栄養素を含む食事を摂ることで心身にどれだけの健康効果があるのか」ということは栄養学的にある程度予想ができます。

例えば、ある食材を実際に食べてみて「本当に体調が改善するか」を科学的に証明するのが食の臨床試験「江別モデル」です。

食事には睡眠の質を高める、運動機能の向上する、体重の減少などさまざまな作用がありますが、臨床試験では、例えば3ヶ月間実験的に評価したい食事をして、その結果を3ヶ月前と比較することで症状がどれだけ改善されたかを科学的に証明します。

タマネギで例を挙げてみましょう。タマネギにはポリフェノールが含まれており、その中の一種としてケルセチンという機能性成分があります。ケルセチンを多く含んでいるタマネギとそうでない玉ねぎを用意し、おおよそ100人(50名:50名)の被験者に1日に3分の1程度を6ヶ月間食べてもらいます。

そこで重要なのは、食べている本人と我々研究者もどちらを食べているか分からない様にしていることです。これは二重盲検試験と言い、あらゆる臨床試験において結果の客観性を保つための重要な仕組みです。

これらの実験で得たデータを統計的に解析し、判明した効果については食品の機能性表示制度や特定保健用食品(トクホ)など色々な場面で利用していただけるように論文を作成しています。

また、これらのデータを活用し被験登録者である住民約14,000人の健康管理も行っています。

臨床試験を通じて血液検査を実施するので、継続して試験に参加していただくと検査結果がデータベース化されますので、どのような経過で健康状態が変化するか調べることが可能です。これが「食と健康」をコンセプトにした「江別モデル」です。

TLG GROUP編集部:世の中に有益な情報を与えるだけでなく、地域住民の被験者の方にもメリットがあるとは非常に興味深いシステムですね!

西平学長:その中にデジタル機器などを導入し、健康意識も高めています。例えば、実際の被検者のデータを基盤にアプリケーションを作り健康アドバイスをしていくことも「江別モデル」の特徴の1つです。

江別モデルのアプリ画面

TLG GROUP編集部:栄養バランスが乱れ、心身に不調を感じている人にとっては非常に有難く便利なツールですね!ちなみに、参加費はかかるのでしょうか。

西平学長:被験者の方には食生活も含め色々と協力していただいているので、臨床試験の参加費にすることに些少ではありますが、研究協力費を払っています。我々は健康データを集めて地域に還元でき、被験者の方は地域貢献ができるだけでなく健康管理も行ってもらえるので、双方にとってもメリットがあると考えています。

TLG GROUP編集部:Win-Winの関係でお互い満足できる取組ですね。この「江別モデル」を構築された経緯もお聞かせいただけますか。

西平学長:本学の所在地である江別市は、札幌市に隣接した人口約12万人の都市です。江別市と本学、北海道立食品加工研究センターが包括連携協定を結び、平成22年に「地元の食材を生かして健康になろう」という仕組みを立ち上げました。

また、地域の食材の健康機能性が分かると農産物のブランド化にもつながっていくので、農家の人を応援する意図もあります。

この仕組みは文部科学省の地域イノベーション事業で立ち上げたので当初は公的な研究機関が活用していましたが、現在は北海道のみでなく全国の食品企業からの依頼も多く、例えば和歌山県の南高梅を使った臨床試験を行うなど、全国の特産物を利用した臨床試験を行っています。

住民参加型の大規模な食の臨床試験はこれまでなかったため注目を浴び、2018年に農林水産省の農研機構と連携してSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)という事業に参画しました。

本プログラムは2018(平成30)年度から2022(令和4)年度までの5年間で終了し、新たに今年2回目のプログラム(5年間)を開始しています。

TLG GROUP編集部:今が中間地点で、これからまた5年間新たに研究されるということですね。

西平学長:そうですね。プロジェクト始動から5年経過したこのタイミングで、社会実装をして地域住民や食品産業に還元する必要があると考えています。

その目的で、昨年2022年に江別市・北海道情報大学・農林水産省農研機構・島津製作所と共同で、一般社団法人セルフケアフード協議会(以下:SCFC)を新設しました。

SCFCは江別市・北海道情報大学・農研機構・島津製作所・SCFCの5団体が主体となっていますが、食品・健康関係の大手食品企業も参画しており、研究で得られたデータを用いて軽度不調の改善につながる商品・サービス開発にも活用いただくことを目指しています。

TLG GROUP編集部:先ほどお話しいただいたビタミンやミネラルを多く含んだ食品の開発に繋がっているのですね!

また、こういった産官学民連携のシステムを構築するにあたり、苦戦されたことはございますか。

西平学長:住民参加型の食の臨床試験は国内での前例がないこともあり、参加者であるボランティアの方と信頼関係を築くために、地域住民の理解を得て積極的に協力していただけるかが一番の課題でした。

本プロジェクトには江別市からの支援がありましたので、住民の方にも食の臨床試験の大切さや地域に還元することについて比較的お伝えしやすかったかと思います。具体的には、最初はなかなか人が集まらず江別市の職員を含む30名から開始しました。その後は、江別市の女性団体から女性50名ほどが参加し、食の臨床試験をテーマにしたシンポジウムを開催するなど協力者の輪を広げていきました。

TLG GROUP編集部:なるほど。30名からスタートされたことも驚きですが、先陣を切って輪を広げていかれた女性の力を実感しますね!

西平学長:そうですね。とても感謝しています。

食を通じた国民の健康寿命延伸に寄与する

TLG GROUP編集部:昨年で5年間のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)が終了したとのことですが、現在新たに取り組まれていることはございますか。

西平学長:SCFCと共同で今年の9月から取り組んでいることに、「若い世代からどのような食事をすると認知症を防げるか」というプロジェクトがあります。

このプロジェクトでは、どういった経過で認知機能が低下していくのか、どのような食事をすれば認知症になりにくいのかを調べます。55歳〜75歳の江別市民1,000人を対象にして10年間の観察研究「1,000人認知コホート」を開始しました。

この認知コホート研究では食事と運動の関与が非常に重要になってくると考えており、食事のみでなく運動からのアプローチも取り入れています。

また、先程もお話ししましたが、AYA世代の女性の健康が大きな問題になっています。近年若い女性は美意識が高く痩せ型志向のため、食事からの鉄分の摂取が少なかったりしますが、その結果貧血、生理不順や不眠・ストレスなどの体調不良を引き起こしています。

肉体的、精神的また社会的幸福度を指標としてWell-beingという言葉がありますが、若い女性にとっては肌の健康が幸福度に大きく関わっていると言われています。

TLG GROUP編集部:確かに、肌が荒れていると心も不安定になりますね。

西平学長:したがって、今回のプロジェクトでは肌の健康と全体の健康がどう関わっているかにも注目しており、大手化粧品メーカーにも協力を依頼しています。

例えば、SIPの別のテーマに「腸内細菌と生活細菌病の関係」がありますが、腸内細菌と同様に皮膚にも細菌がいます。勿論、悪い細菌だけでなく良い細菌も存在しているので、健康な皮膚の場合はどのような細菌がいるのか、また良性の細菌を増やす食品などについても調べることも検討しています。

若い女性が不健康であることは社会基盤である出産・子育てなどに大きく関わってくると捉えています。現在は、人生100年時代とも言われる時代です。これからは全世代に渡って食事で問題解決をするために、科学的な知見を持ってアドバイスすることに尽力していきたいと考えています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。健康における数々の問題に立ち向かうには医食同源の考え方が非常に重要だと分かりました。

まとめ

TLG GROUP編集部:それでは最後に、「なんとなく身体が怠い」「イライラする」症状を抱えているものの明確な原因が分からず悩んでいる人に向けて、アドバイスをお願いします。

西平学長:「なんとなく身体が怠い」「イライラする」という症状はまさに軽度不調であり、働き盛りの壮年期の世代に多いでしょう。

これまでもお伝えしていますが、軽度不調を改善するには運動と食事のバランスが重要なので、まずは適度な運動とバランスのいい食事を取り入れ、良い生活リズムを作ることが大切です。

ただし、重要なことは過度にしすぎないことです。1つのことに過度に集中するのでなく、自分の無理のない程度にバランス良く行いましょう。

また、不眠やうつ症状は危険信号です。このような症状は軽度不調ではなく治療を必要とする高度不調に当てはまるケースも多いので、しっかりと線引きをし、高度不調が疑われた場合はカウンセリングなどを利用するべきでしょう。

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。西平学長にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  1. 軽度不調は「健康に近いが体調が悪い」症状であり、特に働き盛りの若い人に多い。
  2. 軽度不調の改善には適度な運動とバランスのいい食事が重要であり、特に食事においてはビタミン・ミネラルを日頃から取り入れると良い。
  3. 企業が従業員の健康を維持するには、まずは従業員がヘルスリテラシーを学べるような環境を整えることが大事。

軽度不調は近年多くの人が抱える症状であり、バランスの良い食事や軽い運動を日常に取り入れるなど、生活習慣を見直すことで改善できます。

また、軽度不調の改善にはビタミン・ミネラルの摂取も推奨されています。食事のバランスは取れているはずなのに体調が良くならない場合は、ビタミンやミネラルが多く含まれている多種類の食品を摂取すると良いでしょう。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2023年12月14日