時代の変化に伴い、女性のキャリアも常に進化しています。特に、子育てなどの重要なライフイベントを終えた50代の女性にとっては、これまでの経験や知識を活かしつつ、新たな学びやキャリアを築く貴重な時期が訪れます。
この記事では、事業創造大学院大学の浅野教授に独自インタビューを行い、女性の労働力率や労働意欲の変遷を通じて、50代の女性が今後どのように学びを捉え、キャリアをデザインしていくべきかについて、貴重な洞察を得ました。
事業創造大学院大学 事業創造研究科
浅野浩美(あさの ひろみ)教授
筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。
厚生労働省で、人材育成、人材ビジネス、キャリア教育、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案に従事したほか、労働局長として働き方改革を推進。高齢者雇用推進のための人事制度見直しマニュアルを執筆。著書に、『キャリアコンサルタント・人事パーソンのための キャリアコンサルティング―組織で働く人のキャリア形成を支援する―』労務行政, 2022年.『日本キャリアカウンセリング史 正しい理解と実践のために』実業之日本社, 2024年.
社会保険労務士。ライト工業株式会社社外取締役、日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常任理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員等。
働く女性と労働意欲
TLG GROUP編集部:まず最初に、浅野様のご経歴について少しお伺いできますでしょうか。
浅野教授:大学卒業後、当時の労働省に入りました。その後、中央省庁の改革で厚生労働省となりましたが、そこでいわゆる官僚として働いていました。企業の雇用管理などに関することにも携わりましたが、もっと企業のことを知る必要があると考え、ビジネス系の社会人大学院に通いました。
働きながら大学院に行く、ということはかなり珍しい時代でしたし、既に管理職でしたので、続けられないかもしれないなどと思いながら通った覚えがあります。それでも何とか続けることができ、現在は、MBAを養成する社会人大学院(いわゆるビジネススクール)で教員を務めています。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。浅野先生ご自身は、仕事だけでなく、学びにも積極的に取り組まれたようですが、女性の皆さんは、年齢が上になってからも、仕事に意欲的に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
浅野教授:今や、女性も働くのが当たり前になりましたが、女性の労働力率については長く「M字カーブ」を描くと言われてきました。20代では女性の大半が働いているが、結婚や子育てなどのために仕事から離れ、その後子育てが一段落してから再就職し、再び労働力率が上がるというカーブです。
しかし、時代が進むにつれて、結婚や子育てを理由に仕事を辞める女性は減少してきています。図1は、2023年の女性の就業率を年齢階級別に示したグラフですが、20代後半では84.7%が働いており、その後30代にかけて少し下がるものの、安定して働き続ける傾向が見られます。
出所:総務省「労働力調査」
TLG GROUP編集部:思っていた以上に高い数字で驚きました。
浅野教授:実際には、正社員として働く人の割合(正規雇用率)は25~29歳の59.1%をピークに、その後どんどんさがっていきますし、また、厳密に言えば、就業率には、仕事を探している人も含まれますが、いずれにしても、働き続けるようになってきています。
TLG GROUP編集部:みなさん、モチベーション高く、働いていらっしゃるのでしょうか。
浅野教授:日本は、働いている女性の割合が高いにもかかわらず、女性管理職割合が低いですし、男女間賃金格差も大きいです。となると、やる気を持って働いているのか、気になるところですよね。
これについては、少し前のものになりますが、公益財団法人21世紀職業財団が、興味深い調査をしています。この調査は、50歳時に300人以上の企業に正社員として勤務していて、調査時点でも働いていた50歳から64歳までの男女計2,820名を対象に行ったものです。
図2は、調査対象者のうち、50代の男性1,010名、女性1,001名に、仕事をする中で、各年代で重視していたことをたずねた結果です。これによると、「自分を成長させること」、「仕事の面白さ」、「確実に仕事をこなし、信頼を高めること」といったことについては、男性は、年代とともに低下していますが、女性は一度低下した後に再び上昇しています。
出所:21世紀職業財団(2019)「女性正社員50代・60代におけるキャリアと働き方に関する調査―男女比較の観点からー」(概要)」P.12
TLG GROUP編集部:特に、男性の50代は下がってるんですね。
浅野教授:女性の方も、一度下がっている項目もあるんですが、40代から50代にかけて再び上がっています。成長、仕事の面白さ、信頼、というのは、いずれも、役職などと関係しない、自分にとっての仕事の意味、といった項目です。男性が下がっているのに対し、女性はそうではない。子育ても終わり、仕事に再び向き合う方が増えているように見えます。
少なくとも、年齢とともに働こうという意欲が低下するというような考え方は、当てはまらないことが分かります。
TLG GROUP編集部:男女の意欲の違いが明確に表れることも興味深いですね。私の母も55歳で看護の専門学校に通い、定年年齢である60歳を前に看護師になったのですが、再び仕事に向き合おうという方も多いのですね。
浅野教授:まさに、学び直してキャリアチェンジ、と言った感じですね。最近、50代、60代まで働き続けてこられた方々からお話をうかがう機会があったのですが、子どもが大人になり、自分のために時間が使えるようになったことから、新たな取り組みをされる方もずいぶんいらっしゃいました。
50代女性と「学び」
TLG GROUP編集部:近年、社会人に新たな学びを提供する「リカレント教育」や「リスキリング」が話題に上がっていますが、なぜ、今、こんなに注目されているのでしょうか。
浅野教授:政府が推し進めているところもあるかもしれませんが、人生が長くなったこと、世の中の変化が激しくなった、ということが大きいと思います。
もともとリカレント教育は、学校で学ぶ時期と働く時期を交互に繰り返すシステムを指します。学校に通って学び、その後働き、再び学校に戻って学ぶといった感じです。これに対して、ここに来て、よく耳にするようになった「リスキリング」は、仕事のために新たなスキルを身につけることや、転職を視野に入れた学び直しを指すことが多いです。
いずれにしても、「学び」に焦点が当たるようになりましたが、では、みんなが熱心に学ぶようになったのでしょうか。
労働政策研究・研修機構(JILPT)が、働いている人6000人を対象に、調査を行っていますので、見てみましょう。
調査では、学習活動についての質問に対する答えをもとに、「学んでみたいことがあり、実際に学んでいる(学習意欲・実施)」、「学んでみたいことはあるが、実際には学んでいない(学習意欲・未実施)」、「学んでみたいことはないが、実際には学んでいる(学習無意欲・実施)」、「学んでみたいことがなく、実際に学んでいない(学習無意欲・未実施)」の4グループに分けています。この4グループだと、どのグループが多いと思いますか。
TLG GROUP編集部:そうですね、4つ目の「学んでみたいことがなく、実際に学んでいない人(学習む意欲・未実施)」でしょうか。
浅野教授:実は、この調査によると、2つ目の「学んでみたいことはあるが、実際には学んでいない(学習意欲・未実施)」が最も多いんです。学んでみたいことがあるのに学んでいない人が、全体の51.6%を占めています。
出所:労働政策研究・研修機構(2021)「就業者のライフキャリア意識調査―仕事、学習、生活に対する意識」P.44
TLG GROUP編集部:全体の半数以上なんですね。
浅野教授:学んでみたいことがあるなら学べばいいのに、と思いますが、実際には学んでいない。次に多いのは「学んでみたいことがなく、実際に学んでいない(学習無意欲・未実施)」で、これが22.7%です。
「学んでみたいことがあり、実際に学んでいる(学習意欲・実施)」は、21.0%です。ただ、今回注目している50代の女性に関して言うと、50代女性は、50代男性より学んでいるようです。男女で見ると、若いうちは男性の方が学んでいる人が多い結果となっています。
TLG GROUP編集部:会社で推奨されている資格の勉強などもありますよね。
浅野教授:そうですね。ただ、40代以降、男性の学習率は下がっています。女性の場合は、30代、40代と低く、50代で再び少し上がる感じです。
女性の30代後半から40代後半は、「学んでみたいことはあるが、実際には学んでいない(学習意欲・未実施)」が多いのです。これはよく分かりますよね。子育てなどのために、意欲はあっても勉強する時間が取れないという状況です。
TLG GROUP編集部:そうですね。やはり時間がないと勉強をするのは難しいですよね。
浅野教授:調査では、学ぶうえでの障壁についてもたずねています。一番多い理由は時間がないことなんですよね。これは男女問わず共通しています。
次に多いのは、学ぶことに費やすお金がないことです。どこかに通うにはお金が必要ですし、有料の講座も多いです。資格を取ろうと思っても、資格のスクールに通うと費用がかかります。大学や大学院に行こうと思ったら、さらに多くのお金がかかります。
「女性・非正規雇用」だと、「お金がない」は、46.2%を占めます。
出所:労働政策研究・研修機構(2021)「就業者のライフキャリア意識調査―仕事、学習、生活に対する意識」P.48
時間とお金は別格として、他を見てみると、「継続できない」、「何を学んでよいかわからない」、「学数に関する情報が不足している」というのもかなり多いです。人に相談してみる、ということも大事ではないかと思います。
その一方で、何かきっかけがあり学ぶようになると、勉強しなさいと言われてやるような子どもの頃の学びと違って、自ら熱心に学ぶ人もたくさんいます。
TLG GROUP編集部:私の母も当時は熱心に勉強していました。
浅野教授:そうですか。私が勤務しているビジネススクールでも、仕事が忙しいにもかかわらず、今までどうして勉強しなかったんだろう、などと言いながら、皆さん、熱心に勉強されています。
ある女性の方で、50代のころに、福祉系の資格を取るために短大に行かれた方がいらっしゃるのですが、その短大では、現役の学生組よりも、大人組と呼ばれる社会人短大生たちが、圧倒的に熱心で、成績も良かったのだそうです。別に特に賢い人たちの集まりだったわけではなくて、学ぶことの面白さに気がついて、とにかく、熱心に勉強したのだそうです。
自分でお金を出して学んでいることも関係しますよね。誰かに出してもらうわけではなく、また、誰かに言われたからではなく、自分がやりたいから学んでいるわけです。マルカム・ノールズという成人学習についての研究者は、子どもの学び(ペタゴジー)が他者から教わる受動的なものであるのに対して、大人の学び(アンドラゴジー)はより主体的で能動的なものだと言っています。
女性が50代以降も生き生きと過ごすために
TLG GROUP編集部:最後に、50代から「新たに何か学んでみたい」と考える50歳前後の女性に向けてメッセージをお願いします。
浅野教授:気になることがあるのであれば、まずやってみることではないか、と思います。「学んでみたいことはあるけれど、時間やお金がなくって…」などと言うのは、もったいないと思います。
それに、子育てを終えた方にとっては、ずっと子どものことを考えて子どものために時間を使ってきたけれど、これからは、自分のことを考えて自分のためのことができるようになった、とも言えると思います。
自分のためのこと、イコール「学び」ということはないと思いますが、学べば、これまでできなかったことができるようになったり、わからなかったことがわかるようになったりすることがありますよね。
50代の皆さんには、得意なことがたくさんあると思いますし、いろいろな経験もお持ちだと思いますが、ビギナーになると、成長感を感じることができます。60代半ばで、新たな仕事に就いたという女性の方から、年齢にかかわらず、何度も教えてもらったことが、大きな励みになった、という話を聞いたこともあります。
それに、いくつになっても、何かができるようになるって、ちょっとうれしいことですよね。
新しいことでなく、自分が得意なことや関心があることを学ぶのもよいと思います。自分では、普通のことだと思っていたことが、他の人にとってはかなり貴重なスキルだったりすることもあります。自分の力を再認識する機会になるかもしれません。
今から学んでも使える期間が短いのでは、と思うかもしれませんが、そうでもないと思います。今、50歳の人は、あと20年くらい働く可能性があります。それに、学ぶことは、仕事に関係することに限りませんよね。
「人生100年時代」などと言われる世の中になっているわけですから、未来の自分のために、いろいろなことに挑戦してもよいのではないかと思います。
TLG GROUP編集部:確かに、今後の自分のために挑戦したいと思いますね。仕事ではないことでも、いいかもしれません。
浅野教授:私ごとになりますが、80代後半になる私の母は、60歳を過ぎてから、なぜか腹話術を習い始め、今では師範になって、腹話術教室を開いたり、高齢者福祉施設のイベントに行ったりしています。趣味で始めたことですが、ちょっとした仕事にもなり、今や生きがいになっているようです。
TLG GROUP編集部:それは楽しそうですね。
浅野教授:学ぶことは、世の中の変化に対応するためにも重要だと思います。
少し本格的に学ぼうと思えば、大学だってあります。今の大学にはいろいろな講座があります。本格的なことを学べる市民講座のようなものもありますし、科目履修ならば、費用もそれほどかかりません。学ぶ仲間もできます。そういうところから始めてみる手もあります。
今は、みんなが学ぶことに対してポジティブになってきており、「こんなに年齢が上の人が学ぶの?」という印象は薄れてきています。新潟県の社会教育委員をしていますが、地域の取り組みを聞くと、学びには、知識やスキルを得るだけに留まらない、地域をつなぐ力や、年齢にかかわらず、未来を拓く力があるように思います。
TLG GROUP編集部:そうですよね。私の母も61歳を迎えましたが、学んだおかげで、現役で元気に仕事をしています。「職場で若い子から頼りにされてうれしい」と言っていました。
浅野教授:その頼りにされる中には、仕事のことだけでなく、人生経験から来るアドバイスも含まれているかもしれませんね。仕事のことだけなくて、例えば「こういう時はこうした方がいい」「最近はこうですよ」とか、いろいろなことを共有しているかもしれませんね。
TLG GROUP編集部:それはお互いにとっても素敵なことですね。若い世代にとっても、自分の道を見つけるヒントになるかもしれませんね。
まとめ
TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。浅野教授にインタビューして、下記のことが分かりました。
- 女性が働くことは当たり前になってきており、就業率は30代でわずかに下がるものの、安定して働き続ける傾向にある。。
- 男性は、年齢とともに、成長、仕事の面白さ、信頼を重視しなくなる傾向があるが、働き続けてきた女性は、40代から50代にかけて、これらを再び重視するなど、仕事と向き合っている様子がうかがえる。
- 調査によると、男女ともに、学びたいことはあるが学んでいない人が最も多く、学びの障壁として、時間、お金のほか、何を学んでよいかわからない、という人もいる。
- 「学び」に年齢は関係ない。「学び」には、成長感を味わえる、自分の力を再認識できる、変化についていくことができる、といったメリットがある。また、未来を拓く力がある。
- 職場などで若い世代から頼りにされる経験も、やる気や成長につながる重要な要素である。
近年、学ぶことをポジティブに捉える風潮が広がり、自己啓発やスキルアップの重要性がますます認識されています。
また、リカレント教育やリスキリングなどの「学び直し」を通じて、年齢に関係なく自分の道を切り開き、やりがいを感じながら活躍している方々も増えており、特に、ライフイベントを終えた50代の女性は、新たな挑戦に積極的に取り組む姿勢が見られます。
年齢を問わず、自らの可能性を信じて新たな挑戦に果敢に取り組むことが、豊かな人生を築く一助となるのではないでしょうか。
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年11月3日