大阪河﨑リハビリテーション大学 水野(中柗)貴子 講師【誰もがおしゃれを諦めない!片手で結べる髪留め自助具とは】

大阪河崎リハビリテーション大学 水野(中柗)貴子 講師に独自インタビュー

障がいを持った人は、その影響で自分がしたいことを諦めなければならない瞬間があります。その1つとして挙げられるのが「おしゃれをすること」でしょう。

そんな中、2016年に水野氏らによって開発されたのが「片手で髪を束ねるための自助具」です。

この記事では、そんな自助具の開発・研究に携わっている大阪河﨑リハビリテーション大学の水野講師に、自助具開発のきっかけや今後の展望について独自インタビューさせていただきました。

水野(中柗)貴子講師の紹介
大阪河崎リハビリテーション大学 水野(中柗)貴子 講師

大阪河崎リハビリテーション大学 作業療法学専攻
水野(中柗) 貴子(みずの(なかまつ) たかこ)講師・学生相談員

河崎医療技術専門学校作業療法学科を卒業後、放送大学にて生活と福祉専攻。その後、和歌山県立医科大学大学院医学研究科にて修士(医学科)を取得。

2002年よりオリオノ和泉病院リハビリテーション科作業療法士として作業療法室を開設。2005年に新設のいぶきの病院に法人内異動し、再度作業療法室の開設に携わる。2006年より学校法人河崎医療技術専門学校作業療法学科にて専任教員となる。2008年より現職。

専門領域は、高次脳機能障害

近著・論文(共著・編著含む)として「片手用髪留め具の開発」(共著:2019年)、「「生活行為マネジメント」手法の基礎作業療法学教育への導入の試み‐平成26年度学内共同研究成果報告書‐」(共著:2016年)など。その他、2016年に「片手で髪を束ねるための自助具」の特許を取得。

片手用髪留め具開発のきっかけ・過程

TLG GROUP編集部:早速ですが、水野様が研究・開発されている「片手用髪留め具」は、どういったものか教えていただけますか。

水野講師:その名の通り、片手でも髪を束ねられるようにした留め具になります。

片手用髪留め具
片手用髪留め具

具体的な使い方としては、くるみボタンに親指と中指をはめて、他の指で髪の毛を集めます。最後に、親指と中指でボタンを合わせてパチッと止めます。見た目はヘアゴムのようですが、結ぶというよりはクリップのように挟み込む感じが近いですね。

くるみボタンに指がはめ込めるので、しっかり髪をまとめられるのに加え、髪の量によって長さを変えられるように、中間のゴムを調節できるようにしました。

TLG GROUP編集部:とてもかわいらしいデザインですね。くるみボタンの内側は磁石になっているのでしょうか。

水野講師:そうですね。くるみボタンの内側は磁石になっていて、片手でも簡単にはめられるようにしています。最初はスナップボタンにしていたのですが、開発途中でマグネットに変更しましたね。

TLG GROUP編集部:スナップボタンだと何か問題があったのでしょうか。

水野講師:スナップボタンの場合、繰り返し使うと金具が広がって外れてしまうという問題がありました。他にも、髪の毛を挟み込んでしまうなど、着脱の際に不便を感じる点が多くあったのです。

TLG GROUP編集部:確かに、磁石であれば簡単に付けたり外したりすることができますね。

水野講師:はい。スナップボタンは外すときにどうしても引っ張らなければならないので、髪が挟まってしまった時に痛みを感じやすくなっています。一方、磁石は縦には外れにくく、横にずらすことで簡単に外すことができるため、求めている条件にぴったり一致していたのです。

TLG GROUP編集部:日常生活でも気軽に使えるよう、利便性を追求されていたのですね。片手で髪を束ねるための自助具を開発されたきっかけはどういったものなのでしょうか。

水野講師:作業療法士としてリハビリテーション病院に勤めていた際、脳血管障害という病気によって片手が麻痺で使えなくなってしまった患者様に出会ったことがきっかけです。

脳血管障害となった患者様の中には、リハビリをしても麻痺が残ってしまうケースがあり、私が出会った方も発症前はヘアアレンジを楽しんでいたのに、髪を束ねるためには両手が必要で、介助がいるので申し訳ないという理由でショートカットにせざるを得なかったのです。

その話を聞いた際に片手でも髪を束ねる方法がないかを調べたのですが、大掛かりな自助具が必要であったり、その自助具を使える場所が限定されていたりと、手軽におしゃれを楽しめる方法がないことを知りました。

この経験がきっかけで「もっと手軽に髪を結べるものがあれば良い」と考えるようになり、今の研究に結び付きましたね。

TLG GROUP編集部:実際の患者様と関わることで生まれた研究なのですね。その後、どのようにして開発が始まったのでしょうか。

水野講師:ご縁があって、大学で勤務するようになってから、工学の先生と関わる機会がありました。その先生が「患者様はどんなことで困っているのか教えてほしい」と声を掛けてくださって、今の開発に取り組むようになったのです。

TLG GROUP編集部:どんな人もおしゃれを諦めなくて良いのはとても素敵なことだと思います。特許を取得されるまでに何度も試行錯誤を繰り返したと思うのですが、その中でも印象的な出来事などはあるのでしょうか。

水野講師:そうですね。現在の形になるまでは20個ほど試作品を作りました。その中で研究が大きく進んだ出来事としては、大阪河﨑リハビリテーション大学に片麻痺の学生が入学してきたことです。

その学生が髪を束ねるのに苦労していて、1人でどうにか髪を結べないか模索しているという話を聞いた私は、彼女に試作品を提供しました。彼女はとても喜んでくれていて、それが研究の原動力になったのだと思います。

その後もその学生には改良した試作品を使ってもらい、修正点やニーズを教えてもらいました。今の片手用髪留め具は、学生や先生方と一緒に改良を続けてきた結晶そのものですね。

TLG GROUP編集部:当初の片手用髪留めと今の髪留め具では、具体的に何が異なっているのでしょうか。

水野講師:髪留め具の中間にゴムが付いていること、両端に留め具があることは初期から変わっていません。

しかし、留め具の部分が布やスナップボタンから今のくるみボタンに変わったのは大きな違いですね。

TLG GROUP編集部:中間部がヘアゴムという形は変えずに、留め具部分を改良されているのですね。

水野講師:そうですね。いかに安定してきれいに髪を束ねるかを今も模索している状況です。

TLG GROUP編集部:現在は留め具に磁石を使われているというお話でしたが、どの磁石を使えば良いのかも悩まれたのでしょうか。

水野講師:はい、磁石も時間をかけて選定しました。磁力が強すぎても弱すぎてもいけないので、かなり試行錯誤しましたね。

最初は百円ショップや手芸店の磁石を使用していたのですが、学会発表時に質問をしていただいた作業療法士から「縦には外れないが、横にスライドすることで外せる」という磁石を教えていただき、それを利用するようになりました。

TLG GROUP編集部:そうだったのですね。今もその磁石を利用して試作品を作られているのでしょうか。

水野講師:いいえ、しばらくはその磁石を使っていたのですが、製作会社が倒産してしまったため、今は他のものを使っています。理想的な磁石を見つけた矢先のことだったので、かなりショックを受けましたね。

TLG GROUP編集部:現在の留め具はどのようにしてたどり着いたのでしょうか。

水野講師:市主催のものづくり研究会で講義をさせていただく機会がありました。その際、プラスチック製作会社の方と知り合い、その会社が共同開発してくれているのです。

TLG GROUP編集部:プラスチックの会社が磁石を自社で作っているのですね。

水野講師:そうですね。強度や形も自由に変更できるので、こちらの希望に合わせて磁石を作ってくださいます。

TLG GROUP編集部:細部までこだわれるのは嬉しいですね。プラスチックの場合、くるみボタンのように指を入れて安定させることは可能なのでしょうか。

水野講師:今の課題はまさにその点です。プラスチックと磁石の部分は完璧なのですが、指を入れる部分が不安定で、指を固定できないという状態になっています。

安定してスムーズに着脱できるようにするためにも、今後さらなる改良が必要ですね。

TLG GROUP編集部:ここまで片手用髪留め具の機能についてお話していただきましたが、今後の課題となるのは主にどういった点なのでしょうか。

水野講師:私が一つ一つ手作りしているので、大量生産ができないという点が大きな課題ですね。1つの髪留め具を作るのに1時間ほどかかってしまうので、身近な人にしか提供できていないという現状があります。

TLG GROUP編集部:手作りとなると、修理も水野様しかできないのでしょうか。

水野講師:そうですね。その点も含めて改良に取り組んでいます。目標としては2、3年のスパンで大量生産して、もっと多くの方に使っていただき、最終的には商品化したいと考えています。

TLG GROUP編集部:となると、現段階の試作品はかなり完成形に近いのでしょうか。

水野講師:そうですね。完成形にはかなり近づいていると実感しています。

ただ、商品化する際には完成した状態ではなく、キットのような形にして販売しようと思っています。患者様の指の太さや髪の量によって最適なサイズは変わってくるので、細かい微調整ができるのが理想ですね。

TLG GROUP編集部:キットであれば大量生産の課題を解決できるだけでなく、患者様ひとりひとりのニーズにあったカスタマイズができますね。

自助具の開発において大切なこととは

TLG GROUP編集部:ここまで片手用髪留め具の機能性についてお話していただきましたが、今後デザインの面で改良していきたい部分などはあるのでしょうか。

水野講師:試作品はすべて白一色となっているので、その部分にはめられる飾りを作りたいと考えています。気分によって好きなように付け替えられるものがあれば、より多くの方におしゃれを楽しんでいただけるのではないかと思います。

TLG GROUP編集部:髪留めは単に髪をまとめるだけではなく、気分を上げるものでもありますよね。その点、飾りというのは確かに魅力的です。

髪留めを使う際に耐久性を気にされる方も多いと思いますが、その点はどのような工夫をされているのでしょうか。

水野講師:ヘアゴムを簡単に新しいものと付け替えることができるように工夫をしています。ヘアゴムの劣化はどうしても避けられないものなので、いかに取り替えやすくできるかに着目しました。

TLG GROUP編集部:改良前の段階ではどのような形になっていたのでしょうか。

水野講師:最初は強度を上げるために、ゴムの部分を留め具の中に縫い込んでいました。そうすると、修理する度にくるみボタンの中を開けて、ゴムを外して縫い直さなければならなかったのです。

しかし、改良を加える中で縫い込むのではなく、輪にゴムを通すことで簡単に取り換えられることが分かりました。強度も変わらずに使えたので、現段階ではその形を取り入れています。

TLG GROUP編集部:何個も試作品を作ることで、理想的な髪留め具を追求していらっしゃるのですね。現在、試作品を作る際に工夫されていることや配慮されていることはあるのでしょうか。

水野講師:手作りということもあり、現在は患者様の好みに合わせて試作品を作っています。また、親指と中指の太さは違うため、どちらに指を通せば良いのかを一目で分かるように、それぞれの留め具の色を変えています。

TLG GROUP編集部:一目で分かるというのはとても大切ですね。日常で使うものだからこそ、小さなストレスを感じない作りになっている点に水野様のこだわりを感じます。

現在片手用髪留め具を開発されている中で1番の課題というと、やはり大量生産ができないことが挙げられるのでしょうか。

水野講師:そうですね。大量生産ができないことによって、たくさんの方に試していただけていないという点が1番の課題です。

現在は、大学時代の教え子や私が非常勤の作業療法士として勤めている病院の患者様など、身近な方への提供を行っています。ただ、そうなるとモニターの数が非常に少なくなってしまうのです。

幸いにも、最近は学会発表などで興味を持ってくださる方が増えてきていて、多くの感想をいただいています。髪留め具を必要とする方に一刻も早く商品を提供するためにも、より多くの事例を集めていきたいですね。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。やはり、実際に使用される方の目線から見て改良を加えていくことは大切なのですね。

水野様は10年ほど片手用髪留め具の開発に携わっていると伺いましたが、研究・開発する中で最も大切にしていることがあれば教えていただきたいです。

水野講師:患者様のニーズを常に取り入れることです。

私の場合、身近に片麻痺の学生や患者様がいたので、そういった方々の思いや意見に応えていくことを大事にしています。

決して自分よがりの開発をするのではなく、「自助具を求めてくださる方が使いやすいものを作る」ということをこれからも大切にしていきたいです。

TLG GROUP編集部:「自分よがりの開発をしない」というのは非常に重要だと思います。片麻痺の学生が試してくれることで研究が早く進んだというお話がありましたが、具体的にどのような意見やアドバイスをいただいたのでしょうか。

水野講師:留め具をマグネットにする案は、その学生が提案してくれたものです。他にも、デザインに関することなど、多岐にわたる意見を出してくれました。どれも実際に使っているからこそのアドバイスで、開発の大きな助けとなりましたね。

自助具を開発するにあたって、ニーズがすぐに聞ける場所に身を置けていたことは、とても幸運なことだったと思います。現場の近くにいるからこそ見える部分が多くあるので、アドバイスをくださった方々には本当に感謝しています。

こだわりと今後の展望

TLG GROUP編集部:片手用髪留め具は、水野様だけでなく患者様をはじめとしたさまざまな方のこだわりによって形作られているのですね。

機能性やデザインの他に、水野様がこだわっている点があれば教えていただけますでしょうか。

水野講師:強いこだわりがあるのは価格設定ですね。医療機器や自助具というのは非常に高額で、スプーン1本でも1,000円を超えることがほとんどです。

片手用髪留め具は「誰もが手軽に使えたら良いな」という思いで開発したので、価格設定はかなりこだわりました。

TLG GROUP編集部:今後片手用髪留め具が販売される場合、想定価格はどれくらいなのでしょうか。

水野講師:現時点では500円前後を想定しています。高くとも、雑貨屋などで売っているヘアゴムと同じくらいの価格には抑えたいですね。

ただ、将来的には100円ショップなどで販売して、より多くの方に手に取っていただければと考えています。

TLG GROUP編集部:500円前後であれば手に取りやすそうですね。ヘアゴムさえ付け替えれば何年も使えるので、気軽に買うことができると思います。

最後に、水野様が今後開発したいものや将来の展望などがあれば教えていただけますでしょうか。

水野講師:現時点で考えているのは、雑巾や布巾を片手で絞れる自助具の開発です。布を絞るための自助具はすでに開発されているのですが、かなり大掛かりなものや、高額なものなので、こちらも手軽にできるようなものを開発していきたいですね。

一緒に研究してくれている学生も含め、アイデアはたくさんあるので、片手用髪留め具以外のものもどんどん形にしていきたいと思います。

下記動画QRコードは、実際に片手用髪留め具を使用した際の動画になります。

片手用髪留め具の使用映像

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。水野講師にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 片手用髪留め具は留め具の接続部分をはじめ、細部までこだわって開発されている
  • 片麻痺の方は障がいの影響でおしゃれを諦めなければならない場面がある
  • 医療器具・自助具は大掛かりで高価なものが多いため、誰もが手軽に使用できる自助具の開発が求められている
  • 片手用髪留め具を改良していくためには、より多くの人に使ってもらい、意見を集める必要がある
  • 自助具の開発において大事なことは、自分よがりの開発をするのではなく、患者のニーズを取り入れたものを作ることである

自助具は、患者様がより便利で豊かな生活を送るために欠かせないものの1つです。しかし、大掛かりで使用できる場所が限定されていたり、高価で気軽に使えなかったりとさまざまな課題があります。

片手用髪留め具の研究・開発はそんな現状を変え、患者様がおしゃれを諦めない第一歩となるものだということが分かりました。

今後、自助具の開発がより進んでいく中で、患者様が手軽に自助具を利用し、豊かな生活を送ることができる社会が一日でも早く実現することを願っています。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年5月18日