関西大学 森部豊 教授【歴史は単に暗記科目ではない?社会の根源である「人」を学ぶ面白さとは】

関西大学 森部豊教授に独自インタビュー

高校で学ぶ歴史は覚えることも多いため、苦手に感じている人も少なくないでしょう。実は、高校で学ぶ歴史と大学で学ぶ歴史には大きな違いがあります。

この記事では、歴史が苦手だと感じている人に向けて、そもそも歴史とは何を学ぶ学問であるか、また歴史を楽しく学ぶコツなどついて、中国史を長年研究されている関西大学の森部教授に独自インタビューさせていただきました。

歴史を楽しく学びたいと思っている人は、是非この記事を参考にしてください。

森部豊教授の紹介
関西大学 森部豊教授

関西大学 文学部
森部豊 (もりべ ゆたか)教授

1967年、愛知県岡崎市生まれ。1986年、愛知大学文学部入学。1989年、中国天津の南開大学へ漢語進修生として交換留学(1990年まで)。1991年、愛知大学文学部卒業。
1991年、筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科入学。1994年、北京大学歴史系へ高級進修生として霞山会より派遣留学(1996年まで)。2000年、筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得のうえ退学。2001年、筑波大学文部科学技官(2004年まで)。
2004年、「唐五代時期の華北における北方系諸族と河北藩鎮」により、博士(文学)(筑波大学)取得。2005年、関西大学文学部着任。現在にいたる。

子供の頃に見た図鑑や映画などをきっかけに「歴史」に興味を持つ

TLG GROUP編集部:森部様は中国史を専門とされている中で、特に唐とその前後の時代を研究されていると存じ上げます。

例えば史学というと、西洋史や日本列島を学ぶ日本史などあると思いますが、その中でも森部様が中国史に興味を持たれたきっかけや、大学教員を目指された経緯などを順を追ってお話しいただきたいです。

森部教授:もともと日本史が好きでした。小学校の時に学研が出している「日本の歴史」という図鑑を買ってもらったのがきっかけです。その図鑑の当時の表紙が姫路城の写真で、青空バッグで白い建物にインパクトがあったのを覚えています。買ってもらった図鑑がちょうど戦国時代の話だったので、日本の戦国時代からハマっていったのが歴史との出会いだと思います。

その後、小学校高学年に上がると漫画「日本の歴史」なども読みました。当時がちょうど日本と中国が国交を回復した後に平和条約を結んだ頃だったので、学校にも中国を紹介した本が何冊か入ってきて、それをパラパラと見ているうちに中国に興味を持ち始めました。社会主義国であった中国のミステリアスな部分に子供心をくすぐられて興味を持っていったんだと思います。

そして中学校3年生の時に『小林寺』という映画が公開されました。リー・リンジエ(李連傑。ジェット・リー)という俳優が主人公の映画です。『小林寺』は、唐が建国する時に少林寺の僧侶たちが協力したという伝説を描いたものでした。また、それ以前の映画は有名俳優のブルース・リーやジャッキー・チェンが出ているコミカルかオーバーアクションなものがほとんどでしたが、『小林寺』で演じられている武術は全て本物に見えました(実際には競技武術がもとになっていることを、後で知りました)。

当時の子どもたちは熱中して見ていたように記憶しています。私も『小林寺』をきっかけに中国武術に興味を持ちはじめ、近所の中国人に太極拳や太極剣を教えてもらっていました。

TLG GROUP編集部:確かに男の子たちはそういったものに興味を持ちそうですね。

森部教授:高校3年生の時には、中国武術を勉強するために中国に行こうと心に決めていました。そのためには最低1年でも中国に住む必要があったので、将来大人になって中国に住むために、特派員になろうかなと考えました。そして中国語を専門に学ぶ外国語大学が東京や大阪にあったのでそこに行こうかなと思ったのですが、僕は英語がそんなに得意じゃなかったので諦めました。

そこで、好きだった歴史と中国を合わせて勉強するために、中国史・中国文学・中国哲学などの分野を学びたいと思い、大学は中国語を専攻できる地元の愛知大学に進学することにしたんです。

当初、愛知大学には全く行く気がありませんでしたし、高校では別の大学を勧められていました。ですが、いざ大学のパンフレットを見てみるといいことが沢山書いてあるんです。昔の私立大学は、例えば国文学だったら国学院、法律だったら中央大学や明治大学など「この分野の勉強をするならこの大学」というカラーが強かった時代でした。そういった風潮の中で、中国語を学ぶなら愛知大学がトップレベルだったんです。

愛知大学は、『中日大辞典』という中国語の大辞典を編纂していた大学でした。戦前、上海にあった東亜同文書院大学と関係があったことから、中国学のメッカともよばれていました。実際に大学に行ってみると日常に中国語が飛び交っている感じなんです。朝の9時から授業が始まる前の8時半には、中国文学科や中国語サークルに属している先輩たちが教室にいて、中国語を学ぶ意欲のある一年生は先輩にマンツーマンでついて中国語の発音練習をしていました。

TLG GROUP編集部:自主練習とは、とても熱心ですね!

森部教授:事務職員の人たちの中にも流暢に中国語を喋る方がおり、中国から来たお客さんを案内しているのが当たり前の大学だったんですよ。

中国語と中国史を学ぶことは、入学前から決めていたので、愛知大学に入学した後、早速、2年生の夏と3年生の終わりにそれぞれ2ヶ月くらい中国へ語学留学し、大学4年生の時には交換留学で1年間天津の南開大学に留学して、中国語の世界にどっぷり浸かっていました。

大学時代の留学の目的は、中国語を勉強したいという気持ちは勿論ですが、中国という空間に住んでみたいというのが一番の目的でした。この目的を達成した後、次は中国史の研究、その中でも自分が専攻していた唐の時代について学べる大学院に進学することにしました。愛知大学には、当時、大学院が無かったので、外部の大学院をいくつか選び受験して、一番自分に合っていそうだと思った筑波大学大学院に進学しました。大学院に進学後は、途中2年間休学し、また再び中国に留学し、さらにチャイナワールドの深みにはまっていきました。

このように、研究職をめざして積極的にやろうと初めから決めていたというよりも、流れに乗っていつの間にか現在の道に辿り着いていたという方がしっくりくるかもしれません。

TLG GROUP編集部:なるほど。その上で一貫してずっと中国と関わっていたいと感じられていたんですね。

森部教授:そうですね。ただ、中国の歴史を中心とした分野と関わっていたいという気持ちはありましたが、初めからすぐ専任の研究職になろうとは思えませんでした。

結局30歳で大学院を出ましたが、すぐには仕事が見つからず1年間は非常勤講師をしていました。その後は筑波大学で技官という助手のような仕事を3年間の任期でして、また非常勤講師をしていました。37歳でようやく関西大学に着任して今年で20年目になります。

TLG GROUP編集部:ずっと学問の道を歩まれていたんですね。大変興味深いお話をありがとうございます。

となると、中国史に興味を持たれたきっかけは中国武術ということでしょうか。

森部教授:中国史に興味を持ったきっかけはもう1つあり、中学生の時に『水滸伝』という本を読んだことです。

『水滸伝』の舞台は、僕が研究している唐という時代(618~907年)よりも少し後の北宋時代(960~1127年)です。北宋王朝が滅びかけている最末期の段階で、政府は皇帝を中心として賄賂など乱れた政治をやっている時代が設定です。その時に社会からあぶれたアウトローの人たちがだんだんと集結し、王朝に対して反抗するんですが、最終的に王朝に投降して協力するストーリーになっています。

そのアウトローの世界の人々の様子を描いている部分が、非常に面白い本なんです。

TLG GROUP編集部:例えばどんな様子があるんですか。

森部教授:食べ物の話や、お酒を飲んで暴れまくる話などがあります。そして、実際に読んでみるとその料理を食べたくなるんです。こういったことから、中国人が食べているものへの強い関心がありました。中国武術を学びたいこととはまた別の関心で、中国の人たちが飲んできたものや食べてきたものを直接知りたいなという感じです。それが、とにかく中国に行こうという思いに繋がりました。

TLG GROUP編集部:とても面白そうな内容ですね。中国で実際にお話に出てきたものを食べてみられましたか。

森部教授:一番初めに中国に行ったのが1987年で、北京ダックなどもその時初めて食べたんですが、はっきり言って美味しいと思わなかったですね。おそらく今の中国に行って食べる料理と、当時の味付けが違うと思います。

TLG GROUP編集部:今の中国料理は日本人向けの味で非常に美味しいですよね。

森部教授:美味しいですね。あくまでも僕の味覚では、当時はもっと素朴な感じがしました。

「過去を見ることで今が見えてくる」中国史の魅力とは

TLG GROUP編集部:森部様の現在の研究テーマについて詳しくご説明いただきたいです。そもそも中国史とは何を学ぶ学問であり、どういった魅力があるのでしょうか。

森部教授:僕はもともと中国が大好きだったんですが、どんなに好きでも僕たちは今の中国しか見れないわけですよね。

例えば、今50歳のある人と知り合ったとして、その人がすごく面白い人間で、友達として付き合い色々なことを話していたとします。時折ふと「この人がこういう風に発言したり、こういう行動をとるのは何でだろう」と考えた時に、今のその人だけを見ても理解はできないと思うんです。

TLG GROUP編集部:なるほど。

森部教授:そうすると、この人が40歳の時に何をして、30歳の時に何をして、もっと前の20代や10代の時には何をしていたのか、いつ結婚したのか、子供を授かったのか、そういうことがこの人の考え方や行動にどんな影響を与えたのか、という風に徹底的に根掘り葉掘り調べ尽くしたいという欲求に駆られる人もいると思います。

TLG GROUP編集部:その人のルーツを知りたくなってしまいますね。

森部教授:人に例えましたが、これが中国や他の国だったとします。自分が大好きな国があり、「この国にはどういう生い立ちがあるんだろう」ということに興味を持ち探る。これが歴史です。

しかし、残念ながら全ての歴史を一人の人間が細かく調査することは難しいでしょう。大体のアウトラインは誰かが書いた本を読んで勉強しつつ、その中で「この人が結婚した時期が一番興味があるな」と焦点を絞り、「この人はどうやって結婚したんだろう。結婚前後でどのように変わったんだろう。」とリサーチをしていきます。

僕の場合は、対象が唐という時代です。唐は1400年くらい前の王朝で、日本だと奈良時代から平安時代くらいに相当する時代です。

当時の日本は唐という王朝に遣唐使という使者を派遣していました。そこで、制度や文物を学んで日本に持ち込み、日本の国づくりのもとにしていったと歴史の授業で習いますね。しかし、さらに深く唐という王朝を見ていくと、実際は日本人が見ていた唐と全く違う唐の姿が見えてきます。

それは何かというと、いわゆる中国語を母語としない人たちが大勢いて、そういった人たちと中国(唐)で生まれ育った人たちがともに暮らしている世界です。人種的には複合的でハイブリッドな社会だったと思います。

多くの人は、単一な民族が1つの国を作っているというイメージを持っているかもしれませんが、少なくとも唐という国は全く違う国だった、というのが分かります。

そういうことを学ぶと、今の世界がどう出来上がってきたのか知りたくなります。そしてそれは、おそらく多くの歴史学者が考えていることです。今の21世紀という世界が出来上がる直前の20世紀がどういう社会だったのか、19世紀はどうだったのか、それが現代世界とどのように結びついているのか、などと考えます。それをもっとロングスパンで見た時、より古い時代はどうだったのかと考えます。そういったことを考えていくうちに、僕が今研究している唐という時代が、今の世界を形作るどの段階にあって、どのような影響を与えたのかという関心が生まれてくるわけです。

抽象的言い回しかもしれませんが、そういった時間の中に過去のある時代を位置づけ、今の社会を理解するために過去を研究する」ことこそが歴史を学ぶ意味の1つだと思っています。

しかし、それだけだと別の問題が出てしまいます。例えば、うちの大学生で古代のエジプトが好きな人やローマ帝国が好きな人がいるんですが、「日本と全然関係ない古代のエジプトや古いヨーロッパのことを学ぶことに何か意味があるんですか」「21世紀に生きているあなたとどう繋がるんですか」と問いかけた場合、直接的に繋がらないため、中々答えが出せないと思います。

TLG GROUP編集部:そうですね。単なる趣味の域になってしまうということでしょうか。

森部教授:そう。今の社会で何の役にも立たないことをやっていると言われてしまいます。そこをどうするのか、いつも学生たちに投げかけて考えさせているんですが、答えは沢山あると思うんです。

例えば、人間だと基本的に同じようなことを考え、同じような行動をしていると考えがちではないでしょうか。ところが、今の21世紀の日本人と古代エジプトの人がある事件に直面した場合、21世紀の日本人はこういう行動をとるけど、古代エジプト人は全然違うリアクションをすることもあると思います。

同じように唐の時代を研究していても、ある事件に直面した時に、唐の人たちは今の僕たちとは異なる行動をする場合があります。それはなぜかということを考えた時に、彼らが取る行動から、その時代背景が見えてきます。「彼らはこういう時代の中で生きてたから、こういう行動をとっているんだ」と理解することができます。

逆に考えると、そういった過去の人のリアクションを見て、「僕たちがこういう行動をとるのはなぜか」という理由がわかり、そして今の社会が見えてくると言えます。

朝起きて鏡で自分を見る時、自分自身しか映っていません。髪型、服装など、そこに映っているものにどんな意味があるのか、それだけではまったくわかりませんよね。しかし、一歩外に出て街ゆく歩く人のファッションを見て、化粧の仕方を見て、何を食べてるのかを見て、他人と自分と比較することで自己認識につながると思います。

TLG GROUP編集部:なるほど。確かに、今の社会に生きている私たちにとって、今の社会を見るのは難しいですよね。周りと比較して初めて自分が見えるというのは面白いですね。

森部教授:少し話が逸れてしまいましたが、先ほどの話に戻すと「過去を見ることによって今が見えてくる」ということです。21世紀と繋がっている20世紀や19世紀の歴史を学ぶことも確かに重要だと思いますが、もっと古い時代の歴史を研究したとしても「比較することによって現在を理解することができる」のではないでしょうか。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。また、森部様が思う中国史の面白さとは何でしょうか。

森部教授:中国史の面白さで言えば、今言ったような一般論的な話ではなく個人の主観になってしまいますが、中国って凄く広大じゃないですか。

TLG GROUP編集部:そうですね。とても広いイメージです。

森部教授:そうすると、1つだけのものがない、単純ではないという魅力があると思います。

例えばハワイに行ったらハワイのイメージがありますよね。おそらくオアフ島に行こうがハワイ島に行こうが小さい離れ島に行こうが、どこに行っても大体同じような雰囲気だと思うんですよ。

中国は全然違って、北京に行ったら北京の香りがするし、上海に行ったら古い歴史がなく新しい近代以降の歴史だし、もっと奥地の方の四川省の方に行ったら、北にはない緑がすごい豊富だし、さらに南の雲南省に行ったら東南アジアっぽい香りがするし、ずっと西の新疆ウイグル自治区の方に行ったら広大な砂漠とか枯れた世界が広がっていて所々に人が住むオアシスがあって、東の中国とはまるっきり違う異国にいるような雰囲気を味わえます。そうすると、中国という空間にいるだけで世界中が経験できるような、そういった面白さがありますね。

TLG GROUP編集部:なるほど。おっしゃる通り中国は異国情緒があり非常に魅力的な国ですね。場所によって雰囲気が違うというのは私も体験してみたいです。

ちなみに、中国史の研究を現在までされていて、森部様が最も感銘を受けたことは何でしょうか。

森部教授:私が感銘を受けたことは研究そのものです。感銘を受けるというのは勿論ですが、むしろ研究のために中国に行っているので、中国で感銘を受けたことが研究と繋がっています。

例えば、先ほどお話しした中国のずっと西にある新疆ウイグル自治区はいわゆる昔のシルクロードが通っていた空間で、今でも古い遺跡がいくつかあります。そういうものを見に行こうとした際に、今ならお金を使って飛行機で赴きますが、留学していた学生時代は貧乏だったため一人旅するのも列車で移動をしていました。北京駅から列車に乗って新疆のウルムチまで大体3泊、列車の中で車中泊ですね。

TLG GROUP編集部:とても長旅ですね。

森部教授:そうなんです。また、当時の中国の寝台車には1等寝台車と2等寝台車がありました。ちなみに1等寝台車は個室になっていて4つベッドがあり、知らない人と4人で1部屋です。個室形式ではなく、三段ベッドになっていて、通路に面して全部オープン形式でした。

そこに泊まっていると、自然と周りの中国人たちとだんだん打ち解けていって、面倒を見てくれました。食事についても、こちらが学生だと分かると色々な物を買い集めてくれてご飯の席に呼んでもらったり、具合が悪くなったらすぐに薬をくれたりというように面倒を見てもらいました。

その他にも「どこどこに行ったら俺の知り合いがいるから」と連絡先を書いて渡してくれたこともありました。こういった人と人の繋がりやネットワークについても非常にお世話になったことを覚えています。

TLG GROUP編集部:とても温かい対応ですね。今の中国にもそのようなアットホームな雰囲気があるんでしょうか。

森部教授:今の中国はそういうことが少なくなっていると思います。どちらかというと日本に近いかも知れません。列車で隣り合わせになっても無言のまま終わるとか、他人と会話はしないような印象です。でも昔は大阪のおばちゃんみたいな人が多かったですね。中には怪しい人もいましたが、総じて気さくに声をかけてくれる人が多かった印象です。

このように、私の場合は「研究を通じて研究そのもので感銘を受ける」というよりも、研究活動をしていた中国という空間の中で、中国の人から感銘を受けるということが多かったと思います。

TLG GROUP編集部:なるほど。中国に関する研究活動の中で実際に中国に赴き、現地の人のネットワークに感銘を受けるということですね。

森部教授:そうですね。当時は、自分の中の中国のイメージからは想像できないような優しさやフレンドリーさに実際に触れて感動しました。

ちなみに、昨年9月にコロナが明けて初めて中国に行ってきたんです。昔から交流のある山東大学の先生が招待をしてくれて1週間滞在しました。2回講義をしてあとは自由時間だったんですが、その先生がずっと付きっきりで面倒を見てくれて非常に有り難かったです。

おそらく、今、日本人が中国に行って一番困るのは買い物をする時や列車に乗る時のお金を払うことだと思います。中国には日本のPayPayみたいなキャッシュレスのシステムが独自にあり、それで全ての料金を支払っているんです。公共交通機関のチケットも、そのアプリが無いと購入できず、日本人は気軽に中国に行って自由行動ができなくなっています。そんな時に、お金も全部立て替えてくれたりと、その先生が全ての面倒を見てくれました。

TLG GROUP編集部:ただでさえ海外での支払いは不慣れで戸惑ってしまうのに、その上で色々と制約があるとなると困ってしまいますね。そんな時の現地の人の助けは非常に心強いですね。

森部教授:招待していただいた先生を通じて、さらにその上の世代の先生と知り合うことができたのですが、上の世代の方々は特にそういった思いやりに溢れていました。最初会った時は少しだけ壁があるのですが、一旦その壁を越えると家族や古くからの仲間のように包んでくれる。昔の中国の雰囲気が今でもあるんだなと感じました。

TLG GROUP編集部:日本で報道される中国は少し怖いイメージがありますが、そういったエピソードを聞くと印象が変わりますね。

森部教授:中国が怖いという印象は多くの人が心の内では持っているでしょう。「中国のことを研究してるから、逆にそれが中国の人の逆鱗に触れたらどうしよう」と不安な人もいるかもしれませんが、今のところはまだまだ大丈夫かなと思います。

TLG GROUP編集部:実際に中国に行ってみて接することで、想像とは別の印象を持つかもしれないですね。とても貴重なお話をありがとうございました。

歴史を楽しく学ぶ方法とは?高校の歴史と大学の歴史学の違い

TLG GROUP編集部:最後に、高校で学ぶ歴史と大学で学ぶ歴史学がありますが、それぞれの違いを教えていただけますか。

また、高校で学ぶ歴史は、時系列で名前や事象を覚えることが苦手な人からすると暗記科目のようなイメージがありますが、そのような人に向けて、歴史を楽しく勉強するコツなどもお聞きしたいです。

森部教授:イメージされている通り、高校の歴史は暗記科目と捉えている人が多いと思います。受験のためというのもありますし、やはりある程度暗記はせざるを得ないかもしれません。

例えば、英単語を一個も覚えていなくて英語が喋れるかと言われたら、喋れないですよね。まずは英単語を覚えなきゃいけないでしょう。大事なのはその覚え方で、1つの単語を100回書いて、あるいは100回発音して覚えるのか、音で繰り返し聞くことで自然に覚えるのかに違いがあると思います。もし高校で歴史を学んでいる人で暗記が苦手だという人がいたら、教科書でなく漫画や映画から学んでもいいのではないでしょうか。

古代エジプトをテーマにした映画や、ローマ帝国を舞台にした映画、中世のヨーロッパを舞台にした映画など、歴史を学べる映画にも色々なものがあります。シャーロックホームズなんかは近代のイギリスを舞台にしているので、それを通じて近代のイギリス史も勉強できますよね。

このように色々な方法で歴史を学ぶことはできるので、漫画や映画などで気に入ったものを何度も繰り返し見てみるのもいいでしょう。そうしているうちに、作品に出てくる人の名前や事件の名前などが自然に頭の中に残るので、その段階でいざ教科書を読むと色々と繋がっていくと思います。

また、僕が高校生の時頃に国語の先生に言われたことで、今でもそうだなと思うことが1つあります。それは「高校の時に学ぶ学問は暗記系が多く苦痛だが、暗記により点として頭の中に入っているものが、いざ大学に入ると点と点が線で結ばれて壮大な知識体系となる」ということです。それは確かにそうだなと、今でも思いますね。

TLG GROUP編集部:なるほど。ハッとさせられる言葉ですね。

森部教授:一方、大学で教える歴史学というのは、高校の歴史のように、事件の名とそれが起きた年代、それと関連する人名を覚えさせてテストで問うようなことはしません。何年に事件が起きたかを忘れていても本を開いて調べればいいだけの話です。それよりもむしろ、なぜそういう事件が起きたのか、この事件が次のことにどう繋がっていったのかということが重要視されます。

さらにもっと話を広げて中国史で説明すると、中国の歴史をその事件がどう変えたのか、それがさらにその後の中国にどういう風に影響を起こしていったのか、という点を自分の頭で考えることになります。そういったところが、高校の歴史と大学の歴史学との違いだと言われています。

また、高校まで、あるいは社会に出たとしても、一般的に歴史を学ぶ人が読む歴史の本というのは僕たち歴史家や研究者が書いた本を読むと思います。でも、例えば僕が書いた本はすでに森部豊という人間の主観や解釈が入っているものなので、それを他人が読んでも僕の考え方を通じた中国の歴史・唐の歴史しか見えてこないんです。

では大学では何を教えるのかというと、まずは中国の歴史を学びたい人は漢文、ヨーロッパの歴史を学びたい人はできればラテン語などを習っていただきたいですね。先ほど古代エジプトを学んでいる学生がいると言いましたが、そういった学生は古代エジプト語を学んでいる人もいます。関西大学には、古代エジプト史を専門とする先生がおり、また古代エジプト語を習得した先輩達もいるので、1年生のうちから彼らから象形文字を習うと、4年生の卒業論文を執筆するときには古代エジプト語を自分で解読することができるようになっています。

TLG GROUP編集部:凄いですね!

森部教授:そして実際に古代エジプト人が書いた文書等を読んで歴史の卒業論文を書きます。中国史だったら漢文です。漢字だけで書かれている昔の漢文の文章で、句読点だけはついていますが、日本の高校で習う一二点やレ点などは付いていません。それを読んで、実際に古い時代の中国人が残した記録を直接見ることによって歴史を構築していきます。

例えば、今まで研究者があまり注目してこなかった事件が、実は歴史上、重要だったのかもしれませんよね。歴史上に存在していた人や起きた事件は無数にありますが、それらの中から後世に影響を与えたもの、現代と密接な関係のあるものを拾い出し、それに意味づけして、今までの歴史を書き改めていく。高校の勉強と大学の歴史の大きな違いは、そういうところにまずあると思うんです。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。お話を聞いて、大学の歴史学がとても面白そうだなと感じました。

また、歴史学の「この人はどうしてこう考えるんだろう」「過去を知ってみたい」というように考えて人間を研究する部分は、心理学などとも通じるところがあるのでしょうか。

森部教授:そうですね。大学の文学部というところでは国文学・英文学や、などの他に哲学なども学べますが、共通しているのは人間を研究する学問の集まりという点だと思います。ただ、人間を研究する方法が違っています。

例えば国文学だとすると、古い日本人の書いた文学作品、あるいは今の近現代の人が書いた文学作品があったとして、その文学作品そのものは虚構かもしれないけど、その虚構の中に描かれている人間の姿は本当ですよね。おそらく実際にいる人間がやるようなことが書かれています。

つまり、その作品を通じて人間を学ぶことができるのではないでしょうか。哲学も同じで、過去の人間が思考したことが書籍として残っており、それを通じて時代も国も異なった人間と対話できると同時に、人間を探求することができます。あるいは、絵画や美術だったとしても人間が描いた絵なわけなので、その絵を通じてその人間を読み取ることができます。そして作者を読み取るだけではなく、それを描いた当時の社会も学ぶことができます。

社会の根源である人を学ぶ面白さは、歴史学のみならず人文学全体にあるというように僕は思っています。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。森部教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 森部教授が歴史に関心を持ったきっかけは、子供の頃に見た図鑑や映画など
  • 歴史(中国史)の魅力は「過去を見ることによって今を見ることができる」点である
  • 今の社会を理解するために過去を勉強することが大学で学ぶ歴史学であり、高校で学ぶ歴史との違いである
  • 歴史を単に暗記科目だと思い苦手と感じる人は、漫画や映画などから学習するのも1つの方法である
  • 人間を学ぶ面白さは歴史学のみでなく人文学全体にある

「過去を見ることによって今を見ることができる」歴史学の根源には当時の人間の研究があり、そこにロマンがあることが分かりました。

また、高校で歴史を苦手だと感じている人は、この記事を参考にして、森部教授のように漫画や映画などを切り口として関心を持つことから始めてみてもいいでしょう。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年2月16日