阪南大学 西本真弓 教授【「在支診」がもたらす新しい看取りのかたち】

阪南大学 西本真弓教授に独自インタビュー

日本は「多死社会」へと突入する中で、終末期医療のあり方が大きな課題となっています。

高齢化が進む中、病院での終末期ケアに頼る現在の体制では、医療費の増大と病床不足の深刻化が懸念されています。

在宅医療への転換が求められる今、経済学の視点から医療システムの効率化に取り組む西本教授に「看取り難民」問題の実態と、「在支診(在宅療養支援診療所)」についてお話を伺いました。

西本真弓教授の紹介
阪南大学 西本真弓 教授

阪南大学経済学部経済学科
西本真弓(にしもと まゆみ)教授

和歌山大学経済学部を卒業後、大阪府立大学大学院経済学研究科にて博士(経済学)を取得。

2004年より阪南大学経済学部にて専任講師を務め、05年に准教授に就任。2012年より現職。

研究分野は経済政策、経済統計、医療経済。

主要業績は、書籍『看取り難民にはなりたくない ―最期まで美味しくビールを飲むために―』(2023年)、論文「介護のための休業形態の選択について-介護と就業の両立のために望まれる制度とは?」(2012年)など。

日本における「看取り難民」問題の実態

TLG GROUP編集部:はじめに、西本様の研究テーマについて、具体的な焦点や研究方法をお聞かせいただけますか。

西本教授:最近の研究テーマは「在宅医療」です。医療・看護の視点ではなく、経済学的な視点からアプローチしています。

日本では高齢者の人口が非常に多くなっており、終末期の医療費が大きな負担になっている現状があります。

そういった膨大な医療費を抑制すためには、どのような制度や政策が必要なのかを明らかにするべく、患者や診療所、病院などのデータを統計学的視点から分析し、課題解決方法の提案を行っています。

TLG GROUP編集部:具体的には、現在どのような研究を進めているのでしょうか。

西本教授:これまでの研究結果を踏まえ、現在は在宅医療の効率化を模索しています。

少子高齢化が進む日本では、今のままの体制では医療が追いつかなくなると予想されており、効率的なシステムの導入が急務です。

在宅医療においては、医師だけでなく訪問看護師や薬局のスタッフなど、異なる機関の連携が重要であると分かっています。

こうした連携システムの構築を進め、医療費の抑制と人手不足問題の改善を図っているところです。

TLG GROUP編集部:日本の少子高齢化によって引き起こされる、避けられない問題について、在宅医療に注目して研究・開発されているのですね。

西本教授:そうです。現在の日本は「多死社会」に向かっていると言われています。多死社会とは、高齢化が進み、死亡者数が急増して人口が減少していく状態です。

厚生労働省の試算によると、日本は2040年に死亡者数のピークを迎えるとされています。

現在、約8割弱の方が病院で最期を迎えていますが、入院や治療のためにはやはり高額の医療費がかかり、結果的に膨大な終末期の医療費が発生する状況になっています。

こういった課題に国も気づいており、「治す医療」から「治し支える医療」へ転換を図っているのです。

「治し支える医療」では、長期に渡り療養が必要な患者が入院するためのベッド数を削減する方針が取られています。ベッド数が少なくなるということは、救急で運ばれてもベッドが足りず、最期を迎える場所が足りなくなってしまうことを意味します。

このように、最期を迎える場所が見つからない人のことを「看取り難民」と呼びます。当然、国もこういった人たちが出てくることは分かっているので、「在支診」や「在宅療養支援病院(在支病)」などを創設したのです。

自分らしい最期を支えてくれる「在支診」の役割

TLG GROUP編集部:「在支診」で実際に行われていることについて詳しく教えていただけますか。

西本教授:そもそも在支診とは、居宅で療養している患者からの連絡に24時間対応し、その求めに応じて24時間往診または訪問看護の手配ができ、緊急時に入院できる病床を常に確保している診療所のことです。

こういった在支診は、2006年に在宅医療を支えるために創設されました。「創設」と言うと新たに病院を作ったと思う方もいるかもしれませんが、それは違います。

在支診は町中にある診療所のうち、在支診の要件を満たしており、その志を持って申請した診療所が認められてなるものです。ですから、町中の診療所の看板をよくよく見てみると、内科や外科といった診療所が専門とする診療科名とともに、「在宅療養支援診療所」と書いていることもあるでしょう。

つまり、在支診とは自分が住む町のお医者さんが診療所を出て在宅で療養している患者の家に行き、診療所で受けるのと同じ医療を施してくれるということです。

TLG GROUP 編集部:なるほど。私も在支診は新しく創設された病院だと勘違いしていました。では、在支診は「看取り難民」問題にどのように寄与し、解決に向けた取り組みを行っているのでしょうか。

西本教授:この制度の導入によって、在宅での看取りが促進され、看取り難民の減少や終末期医療費の削減にも寄与していると考えられます。

例えば、在支診というシステムがなかったとします。この時、高齢者が自宅で倒れた場合、家族はきっと救急車を呼ぶでしょう。そして、病院に搬送され、そこで検査や治療を受けるという流れになり、高額な医療費が必要になります。

加えて、今は病院の病床数が削減されているため、病院が受け入れられる人数にも限りがあり、看取り難民となってしまう可能性も高くなります。

しかし、在支診があれば、急に倒れたとしても安心して気心が知れた医師に最期までお願いすることが可能です。

気心がしれた町の医師に頼めることは、患者やご家族にとって非常に心強いと思いますし、在宅看取りによって看取り難民の減少にも繋がります。

したがって、在支診は看取り難民の減少、終末期医療費の削減に寄与していると言えるでしょう。

他職種他機関連携システムの開発

TLG GROUP編集部:西本様は研究の中で他職種他機関との連携システムを開発されているということでしたが、なぜそういったシステムが必要なのでしょうか?

西本教授:在宅医療においては、お医者さんだけでなく訪問看護師の方も在宅看取りをすることができます。

しかし、医師と連携していないと、訪問看護師だけでは最終段階の対応ができません。例えば、点滴や看護ケアについては医師の指示を受けて看護師が対応することができるのですが、最終的な看取りには法律上、医師の立ち合いが必要になります。

つまり、在宅看取りには医師の存在が必要不可欠なのです。

とはいえ、在宅医療を頑張ってくださる医師の数も限られています。医師資格の要件があるため、急に医師を増やすことは難しいですし、むやみやたらと医師の人数を増やしたら医療の質が下がってしまう可能性もあります。

したがって、在宅医療は今いる医師たちで効率的に行うしかなく、そのために他職種他機関連携システムが必要だと考えています。

TLG GROUP 編集部:なるほど。では、他職種他機関連携システムとは、具体的にどういったものなのでしょうか。

西本教授:他職種他機関連携システムとは、在宅医療をより効率的に行うためのものです。具体的には、訪問看護師が患者宅を訪問し、医師がオンラインで診察する際に、効率的な連携を行えるように工夫したシステムになります。

もともとオンライン診療は、国が厳しい条件を付けてあまり認めていなかったのですが、コロナ禍を機にオンライン診療の条件が緩和され、実施が認められたことでオンライン診療が身近になりました。

これにより、医師が1日に直接診られる件数は増え、より多くの患者を診ることが可能になります。

また、患者さんの家でのケアがスムーズに行えるように、映像やツールも活用しています。

TLG GROUP編集部:なるほど。在宅医療をオンラインで行うことで、効率的に診療が可能になるのですね。

他に連携されている機関としてはどのようなものがありますか。

西本教授:他には薬局とも連携し、患者が必要な薬をすぐに入手できるようにするシステムも導入しています。

この場合、薬は郵送やドローン配送などの手段で届け、必要な服薬指導もオンラインでできる仕組みが必要です。

ただし、高齢者にとってIT機器の利用は難しい場合もあるため、訪問看護師によるサポートが必要だとも考えています。現在はこのシステムの実証実験を行いながら、特許申請の準備を進めているところです。

TLG GROUP編集部:在宅医療のIT化を進めているのですね。

西本様のゼミでは、医療・介護をテーマにフィールドワークを行っているそうですが、システムの導入にはゼミ生も関わっているのでしょうか。

西本教授:はい。このシステムを実現するためにゼミ生と共に実験を行っており、在宅での看取りの実態や夜間の訪問頻度などを調査するフィールドワークも並行して行っています。

システムの実効性を実証し、フィールドワークの観点からも改善点を探っているところです。

TLG GROUP編集部:実際にフィールドワークを行う中で、特に印象に残ったエピソードや発見があれば教えてください。

西本教授:薬局からドローンを飛ばして薬の配送を試みるというフィールドワークは、とても大変でした。

まず、ドローンの練習から始めたのですが、あまりに素人すぎて、うまく操作できませんでした。

途中、手づかみでドローンを停止させて血まみれになるなど、思いもしない展開があったり、ドローンの国土交通省への申請が思っていたより複雑で苦戦を強いられたり、想定外の難しい壁がいくつもあって、一番心挫けそうになったフィールドワークとして印象に残っています。

しかし、ゼミ生の恐ろしいほどの頑張りに逆にこちらが背中を押された瞬間でもありました。ゼミ生には、実践することで想定していなかった新たな課題に気付けたフィールドワークなったと思います。

TLG GROUP編集部:ゼミ生にとっても、思い出深いエピソードになったでしょうね。他には、どのような活動をされたのでしょうか。

西本教授:ゼミ生に、他職種他機関連携システムに関する学会報告もしてもらいました。

学会は研究者、院生が大半を占めているので、学部生としての学会報告はハードルが高かったと思います。

報告後、終わってホッとした感情より、もう少しこう説明すればよかったという思いの方が強かったようでしたが、そういう思考回路が、次の成長に繋がると思うので、良い経験になったと思っています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。最後に、この記事の読者に向けてメッセージをお願いします。

西本教授:現状、在宅医療は在支診の医師だけでは成り立ちません。家族の支えがあることが大前提になっています。

しかし、これからの日本は、結婚しない人が多いことに加え、夫婦間に生まれてくる子どもが少ないことにより、家族介護に依存できない時代の到来が加速度的に進行しているといえます。

現在は、効率化を図るシステムを開発していますが、将来においては、家族介護に代わる新しいシステムの構築が必要となる時代がやってくるといえるでしょう。

まとめ

本日はお時間をいただき、ありがとうございました。西本教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 日本の高齢化によって終末期医療費が増大し、医療費抑制の必要性が高まっている
  • 西本教授は、訪問看護師と医師の連携によるオンライン診療システムの開発を進め、在宅医療の効率化を目指している
  • 国は「治す医療」から「治し支える医療」へと方針転換を図り、無理な治療を行わず、患者や家族の意向を尊重する在宅ケアを推進している
  • 「在支診(在宅療養支援診療所)」は、在宅で療養する患者に24時間対応し、看取り医療を可能にする制度で、看取り難民の減少と終末期医療費の抑制に寄与している
  • 多死社会の中、未婚化・少子化によって、家族介護が成り立たなくなる懸念がある

このインタビューを通じて、西本教授の研究が在宅医療の効率化や、看取り難民問題の改善策として非常に重要であることが分かりました。

少子高齢化に伴い、医療費の増大や病床不足といった課題が浮上する中、在宅医療に関わる多くの職種や機関との連携が不可欠です。

オンライン診療や薬の配送システムを活用し、地域全体で支える体制を構築することで、看取り難民問題や終末期医療費の抑制が期待されます。

日本人が避けて通れない介護問題の改善策としても、今後さらに注目されるでしょう。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年12月27日