埼玉大学 長田健 教授【日本の銀行が抱えるDX化の課題とは?銀行業界の今後の動向を探る!】

埼玉大学 長田健教授に独自インタビュー

銀行員といえば、安定した収入や社会的な信頼度の高さから就職先として長年人気の印象がありますが、近年インターネットやAIの発展によりデジタル化が進み、銀行業界にも様々な変化が生じていると言われています。

この記事では、IT化が進む現代における日本の銀行業界の現状について、現在シンガポール国立大学で研究されている埼玉大学の長田教授に独自インタビューさせていただきました。

長田健教授の紹介
埼玉大学 長田健教授

埼玉大学 人文社会科学研究科・経済学部
長田健(おさだ たけし)教授

1980年山梨県生まれ。2004年一橋大学商学部卒業。2011年商学博士(一橋大学)。
2008年日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)。2010年一橋大学商学研究科特任講師。
2011年西武文理大学サービス経営学部専任講師。
2015年埼玉大学人文社会科学研究科・経済学部准教授、2022年同教授、現在に至る。

この間、オーストラリア国立大学クロフォード経済政府研究所、国際通貨基金(IMF)で客員研究員を務める。
2023年からシンガポール国立大学客員教授。専門分野は銀行論、金融。

主な著書・論文(共著・編著含む)
“Financial Digitalization and Its Implications for ASEAN+3 Regional Financial Stability”(共著:Asian Development Bank, 2023)
『日本金融の誤解と誤算:通説を疑い検証する』(共編著:勁草書房、2020)
“Banks Restructuring Sonata: How Capital Injection Triggered Labor Force Rejuvenation in Japanese Banks”(共著:The BE Journal of Economic Analysis & Policy, 2017)
「資本注入政策のキャピタル・クランチ促進効果」(金融経済研究,2010)など

IT化が進む現代 日本の銀行業界の現状

TLG GROUP編集部:ざっくりとした質問になるのですが、IT化が進む現代における日本の銀行業界の現状についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

長田教授:そうですね。日本の銀行のIT化現状を一般の方向けに言うのであれば、まだまだ世界的に見ると遅れているというのが現状だと思います。

銀行業に限らず、日本のデジタル化がどれくらい進んでいるのかを国際的に比較したデータは多く存在しています。そういったデータを見ると、日本は毎年ランキングを下げています。

例えば、各国のデジタル化がどれくらい進んでいるかをランキングで紹介しているものにIMDの「世界デジタル競争力ランキング」があるのですが、最新のデータでは日本は32位です。また、僕は今シンガポールに住んでいますが、シンガポールは世界で3位です。ちなみに、1位はアメリカで、日本の隣の韓国は6位という結果です。

TLG GROUP編集部:生活のあらゆる面でデジタル化が進んでいる印象ですが、世界的に見ると日本はデジタル化に遅れがあるのですね。

長田教授:そうですね。いずれにせよ、世界で第3位の経済大国である日本が、デジタル化においてはマレーシアやカザフスタンと同じ立ち位置にいることになります。いくら経済が発展していても、日本のデジタル化はかなり遅れていると言えます。

それでは次に、日本の銀行業におけるデジタル化の現状について、僕が今住んでいるシンガポールと比較をしてお話ししましょう。例えば、飲み会で割り勘をする時はどのような方法を使いますか?

TLG GROUP編集部:PayPayかLINE Payを使うことが多いです。あとは現金でしょうか。

長田教授:そうですよね。僕も学生と飲み会をする場合は、支払いの際に色々なケースが発生します。例えば、PayPayは使っていないけどLINE Payなら使っているという学生は「LINE Payで払える人はLINE Payでお願いします」と言います。

対してシンガポールは、全国民が同じ「PayNow(ペイナウ)」というシステムを使っています。ペイナウを使うと、相手の人の携帯電話番号さえ分かれば簡単に現金を送ることができるんです。

TLG GROUP編集部:とても手軽ですね!ちなみに、ペイナウを使用して飲み会後に割り勘をする場合はどのようになるのでしょうか。

長田教授:先日僕が飲み会に行った時のことですが、僕はその飲み会の途中で帰ることになりました。日本だとこの場合「多分3,000円くらいだと思うから」と3,000円をテーブルに置き退出することが多いですよね。

TLG GROUP編集部:確かに、普段なかなか集まる機会がないメンバーだといつ会えるか分からないのでそうします。

長田教授:シンガポールではその心配をする必要がなく、飲み会が終わると幹事以外は支払いをせず帰ってしまいます。その後、飲み会の幹事から「今日の飲み会代は全部で⚪︎円だったので、途中で帰った長田さんは僕に3,000円を支払ってください。これが僕の電話番号です。」とメッセージが届きます。そこでペイナウを使うと、その電話番号に対していくらでも無料で送ることが可能です。

TLG GROUP編集部:凄く便利なシステムですね!

長田教授:このペイナウというシステムはシンガポールの銀行協会が作ったものですが、若者だけでなく、高齢者も含めてほぼ全国民が使っています。逆に日本では高齢者がPayPayで支払うことは滅多にないと思います。

TLG GROUP編集部:そうですね。おじいちゃんおばあちゃん世代は勿論のこと、50代〜60代でもPayPayやLINE Payを使用している人とそうでない人に二分される印象です。

長田教授:そうですよね。また、日本ではクレジットカードやPayPayなどの様々な支払い方法を各自好きに使うことができますが、小さな商店などでは基本的に現金しか使えないですよね。

TLG GROUP編集部:はい。そういった場合も考えて、現金も持ち歩くように気を付けています。

長田教授:逆に、シンガポールはどこでもペイナウが使えるので、基本的には現金を使いません。

TLG GROUP編集部:どこに行っても使えるんですね!

長田教授:だから、シンガポールの人たちの財布の中にはほとんど現金が入っていないそうです。ここ10年ぐらいで、そのレベルのデジタル化をシンガポールは一気に進めました。

では、どうしてそれを可能にしているかと言うと、全国民が使いやすい決済サービスを銀行を中心にして作りました。銀行の主要なビジネスには決済という人々にお金を送るサービスがありますが、シンガポールでは決済におけるデジタル化がかなり進んでいます。

また、シンガポールでは銀行口座開設もデジタル化されています。例えば、日本で銀行口座開設をするならどのような手順を取りますか?

TLG GROUP編集部:印鑑と身分証明書を用意して、銀行窓口に行き口座開設をします。

長田教授:そうですよね。しかし、シンガポールはそのような手順を取る必要がありません。例えば、僕が外国人としてシンガポールで働くための証明書をもらうとすると、カード形式の証明書が発行されると同時に、Singpassというアプリ上の証明書も発行されます。

TLG GROUP編集部:アプリでもらえるんですね!

長田教授:そうです。つまり、アプリ内に僕の身分証明書があるということなので、スマートフォンさえ持っていれば全ての身分証明が可能です。

例えば、僕はシンガポールに来てまず最初にアプリで身分証を受け取り、その帰り道に銀行口座を作るためにシンガポールで一番有名な銀行のアプリをダウンロードしました。驚くことに、そのアプリで手続きを進めて本人認証のボタンを押すと、先ほどのデジタル身分証明書があるアプリに移動し、顔認証のみで本人認証が完了しました。

つまり、僕は自分の身分証明書を取ってから自宅に帰るまでのものの30分の間に銀行口座を開設したことになります。

TLG GROUP編集部:とても早いですね。日本だと口座開設は審査にも時間がかかりますよね。

長田教授:そうですね。また、日本だとわざわざ店舗に行く必要があったり、郵送で手続きするにしても送られてきた書類に記入して印鑑を押すなどが一般的だと思います。

このようにシンガポールでは30分でできることが、日本では数日や長くて何週間もかかってしまい非常に非効率です。

また、日本だと、デジタル化を支えるために政府がマイナンバーといった身分証明システムを整備しましたが、マイナンバーカードは普段使われていますか。

TLG GROUP編集部:身分証明書の1つとして時々使っています。

長田教授:そうですよね。では、マイナンバーカードのアプリを使うことがありますか。

TLG GROUP編集部:ないですね。そもそもアプリがあることも知りませんでした。

長田教授:そうでしょう。マイナンバーカードはカードである以上、全然デジタルに対応していないじゃないですか。色々な場面で「マイナンバーをかざしてください」「スマホで読み取ってください」と促されますが、この手間と先ほどお話しした口座開設の本人認証のシステムを比較した時にどちらが早いかと言うと、結果は明らかですよね。

シンガポールでは、本人認証は金融取引にとって重要だと考えられており、政府も支えています。また、きちんと銀行業のシステムがリンクしていることも大きいでしょう。口座開設についてもシンガポールはデジタル化が非常に進んでいますし、シンガポールに限らず、ランキング上位の国はそういったことが日本と比べてかなり進んでいます。

TLG GROUP編集部:日本はデジタル化が遅れているなんて考えもしなかったですが、他国と比較するとこんなにも大きな違いがあるのですね。

長田教授:20歳くらいの若い子から見ると、日本は世界でもかなり技術が進歩した国のようなイメージを持つでしょう。実際日本ほど綺麗な国はないし、日本ほど色々なサービスが行き届いた国はないと思いますが、デジタル化に関して言えばかなり劣っていると言えます。

また、銀行の他のサービスとして貸出があります。昔の銀行は、貸出の際に銀行員が企業や僕たちのところに直接赴いていました。しかし、デジタル化が進んだ国だと銀行員に会わずとも、日々の履歴からクレジットカードの支払いを滞納をしてないか、給料をどれくらいデジタルや現金で受け取っているかなどの審査が可能です。

要は、銀行口座に振り込まれている情報を見れば、大体の年収は分かりますよね。さらに言うと、普段何を買ってどれくらいお金を使っているかも分かるし、クレジットカードの情報も分かります。

つまり、わざわざ会って調べなくても日々の履歴を見れば「この人はこういうタイプだ」と推測できます。「40代そこそこで子供が2人いて大学の教員をしているならこれくらいを貸してもいいだろう」と。

日本も同じようなことをやってはいるんですが、デジタル化が進んだ国は、今ある情報を上手く活用して書類・審査・対面などを交わさずに完結するシステムを構築しています。デジタル化できる部分はどんどんデジタル化して、紙の書類はほぼ不要です。日本だと諸々の手続きに印鑑が必要ですが、シンガポールでは印鑑を押す必要がないですから。

TLG GROUP編集部:そうなんですか!

長田教授:例えば、日本で賃貸契約をする場合は店舗に行き契約書にサインして手続きを進めますが、シンガポールではそんなことする必要はありません。Eメールで書類が送られてくるので、サイン欄にデジタルサインをして終了です。本人認証については、先ほどお話しした通り発行されている本人認証のナンバーを教えれば問題ありません。

TLG GROUP編集部:シンガポールは非常に発展しているんですね。

長田教授:とはいえ、日本よりも大きく発展しているのは主にデジタルの分野です。シンガポールも凄く発展した国だと思いますが、トイレのクオリティや建物の美しさなどは日本も全然負けていません。ただデジタル化という観点だと日本はとてつもなく遅れています。

TLG GROUP編集部:そうですね。今までのお話を伺うとデジタル化の面では全然違うと分かります。

長田教授:そんな中で、みずほ銀行や三井住友銀行、三菱UFJ銀行などの日本の大きな都市銀行はどんどんデジタル化が進んでるんですが、地方の銀行はそうはいかないでしょう。例えば、僕の地元は山梨県です。山梨県には山梨中央銀行という地方銀行がありますが、デジタル化はほとんど進んでいません。デジタル化の遅れはその銀行自体に責任があるのではなく、国がどこまで進めていくかという問題でもあります。

いずれにせよ、IT化が進む現代の日本の銀行業界の現状という意味では、世界的に見てデジタル化が遅れておりランキングの順位もどんどん下がっています。したがって、色々な情報・技術を積極的に取り入れていかないと発展は難しいでしょう。

TLG GROUP編集部:なるほど。ちなみに、日本の銀行が全ての業務をデジタル化するのは難しいのでしょうか。

長田教授:業務を完全にデジタル化することは、実際今やろうと思えば全然できます。

先ほどお話ししたIMDが発表してるデジタル化のランキングでは日本は32位でした。その内訳には銀行や金融サービスも含まれているのですが、日本がなぜ遅れているのか、特に何が問題なのかというと、規制の枠組みが厳しすぎることが1つの理由として挙げられます。

例えば、個人情報の保護や、他の業界が参入しにくいなどといった規制が多い場合は、デジタル化を進めにくいでしょう。あとは企業の柔軟性が弱いことも理由として挙げられます。日本はそういう点をどんどん解決していけばデジタル化が進むでしょう。

また、規制緩和で一番分かりやすい例はタクシーです。普段タクシーに乗りますか。

TLG GROUP編集部:はい。時々乗っています。

長田教授:タクシーをどのように捕まえますか。

TLG GROUP編集部:タクシー乗り場で直接捕まえるか、アプリで配車します。

長田教授:そうですよね。ちなみに、シンガポールだと基本的にスマホ1つでタクシーサービスを利用しています。一般ドライバーが自家用車を使用してタクシーサービスをするライドシェアというものがありますよね。日本でもタクシー会社が管理する形で「日本型ライドシェア」が今年の春から部分的に解禁されると発表されましたが、そういったことが世界ではさらに進んでいます。

例えば、シンガポールで一番有名なサービスだと、Grab(グラブ)というサービスがありますが、シンガポールに住んでる人のほとんどがグラブを利用しています。

グラブを利用するには、まずアプリを立ち上げて現在地をタッチして乗車場所を選びます。次に目的地を指定するのですが、例えば空港に行きたい場合、空港のどこに行きたいかを細かく選べるようになっています。目的地を選択すると「今の時間だとここからここまでは大体3,000円ぐらいです」と事前に料金が表示されます。確認しOKを押すと、現在地の周辺にいて3,000円で空港まで連れて行ってくれるドライバーが配車されます。また、その際に名前と車のナンバーと今までのお客さんの評価は全部確認できるようになっています。

その後、実際に目的地に到着した後もアプリ上で清算が終わっているので料金の支払いは不要です。

TLG GROUP編集部:アプリで事前に金額が分かるのは安心ですね。

長田教授:そうですね。だからこそ、高いと思えば配車をやめることも可能です。僕もよくタクシーを使いますが、混んでいると値段が上がるようになります。その時の需要と供給で価格が変わっているので、もし高いなと思ったら「今日はバスで行こう」とか交通手段を再検討します。

さらに言えば、アプリで事前に清算できるので子供の送り迎えなどにも便利です。例えば、僕には小学生の子供が2人いますが、子供を学校から自宅までタクシーで連れて帰る時によく利用しています。子供には配車した車のナンバーを伝えておくと、それに乗って子供が自宅まで帰ってきます。アプリで清算は完了しているのでそれで終了です。

TLG GROUP編集部:それは非常に便利ですね!また、事前に評価なども分かるからお子様を乗せる場合でも安心ですね。

長田教授:そう。日本の場合、子供をタクシーに乗せたら「本当に行ったかな」「ちゃんと乗れているかな」と不安になりますが、グラブのようなアプリを利用すれば、今車がどこを走ってるかも分かりますし、到着後に子供が支払いをする必要もありません。

TLG GROUP編集部:日本だと、いまだにタクシーで現金を使ってしまいますね。到着時に支払いでバタバタすることも多いので、先に清算できることにも驚きです。

長田教授:そうですよね。先ほどの話に戻りますが、日本でも似てるサービスをタクシー側がやっているんですが、海外で多く普及している一般的なライドシェアは日本では規制が厳しくてできません。

それと同じように、銀行業も厳しい規制のせいでテクノロジーを活用できていない現状です。銀行に限らず日本では色々な所でデジタル化が遅れており、様々な要因がありますが、規制の厳しさが日本のデジタル化の遅れの1つの理由でしょう。

TLG GROUP編集部:そうなんですね。確かに日本は色々な場面で規制が厳しいイメージが見受けられますね。

長田教授:逆に言うと、厳しいからこそ色々な場面で守ってくれているとも考えられます。守るべきものがあるという理由を持って規制されますが、一方で規制が厳しすぎると国の発展が遅れてしまいます。どちらを取るかは政府次第です。

ただ、少なくともこの急速に進むデジタル化の中で、日本は規制緩和を進めてこなかったせいで他国に比べてどんどん遅れをとっています。別に遅れをとっていたとしても国民が幸せだったらいいと思いますが、先ほどお話ししたタクシーサービスを一例としてみても、子供を安全かつ簡単にタクシーに乗せることができるって非常に便利じゃないですか。

TLG GROUP編集部:そうですよね。日本だと特に安全面を考えて子供をタクシーに乗せることに抵抗がある人も多いと思います。

長田教授:そう。どこに連れて行かれるか分からないし、子供がきちんとお金払えるかなとか、怒られるんじゃないかとか、遠回りされて変な所で降ろされちゃうんじゃないかとか、色々と心配だと思います。しかし、グラブのようなアプリがあればそんな心配もいらないわけです。

TLG GROUP編集部:そう考えると、おじいちゃんおばあちゃんの世代も使いやすいですよね。

長田教授:その通りです。おじいちゃんおばあちゃんは自分でアプリを使えないかもしれないけど、家族が代わりにタクシーを呼んであげることもできますからね。そう考えると、デジタル化するメリットには、今まであった色々な不便を解決してくれているという点があります。確かに日本のように、規制によって色々なことが守られている面もありますが、銀行業に限らず、日本はもう少し規制を緩和していくべきだと思っています。

異業種が「金融業界」に乗り出す背景とは?メリットはある?

TLG GROUP編集部:続きまして、Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた「フィンテック」についてお聞きしたいです。

長田教授:これも先ほどのお話しと関係してくるのですが、今まで基本的に銀行というサービスは銀行でしかできませんでした。銀行サービスをするには銀行の免許が必要なので、例えば、僕が突然「銀行ビジネスをやりたいです」と言ったとしても、急に銀行ビジネスをすることはできません。では、銀行が何をしているかというと、簡単に言えば「人からお金を預かり、それを誰かに貸す」というビジネスをしているわけなんですが、そのビジネスをするには免許が必要です。

日本では銀行に限らず、保険や証券なども含めた金融業での規制が凄く厳しいです。そういったことを理由に、長い間銀行ビジネスは金融機関しかやってこなかったのですが、最近は色々な業界が進出してきていますね。

TLG GROUP編集部:大きなところだと、楽天などの大手eコマース企業が融資やローン業務、また「楽天Edy」といった電子マネーサービスを提供していますね。

長田教授:そう。楽天のような異業種が金融業界に進出する理由は2つあります。

1つはデータです。先ほどの銀行の貸出の話でも少し触れたように、金融においてデータはとても重要であり、銀行は顧客について色々な情報を持っています。銀行は僕の銀行口座を見るだけで、僕が月々いくら使っているかのデータを簡単に取ることができます。色々な情報を使って僕たちを審査して実際にお金を貸してくれてるわけです。それは企業も一緒で、どんな事業をしているか分かれば、それを基にいくらなら貸せると判断します。そういう意味でもデータが非常に重要です。

じゃあ、今までそのデータを持っていたのは誰なのかというと、銀行しか持っていなかったんですよ。しかし今は、沢山のデータを持っているのは銀行だけかというとそうではありませんよね。おそらく最もデータを沢山持っているのはGoogleでしょう。

TLG GROUP編集部:確かにそうですね。多くの人が何か調べごとをする際にはまずGoogleで検索すると思います。

長田教授:そうですよね、Googleは人が何を検索しているか全て分かります。そして次に何を買ったかの情報ですが、例えばAmazonも顧客に対して非常にたくさんの情報を持っています。何をどのカードを使っていくら払っているか、また引き落とせなかった時はカードが限度額を超えてしまっていたなどの履歴まで、Amazonは全て知っています。

また、異業種の金融進出と言えば、先ほどお話ししたグラブというタクシーのアプリは金融もやっているんですよ。

TLG GROUP編集部:そうなんですか!

長田教授:グラブは登録されているドライバーさんたちの売上や、何人乗せて何の車に乗ってるなどの情報が分かりますよね。さらに言うと、その車に何年乗っているかなどの車の古さも分かります。したがって、ある時グラブがドライバーに対して「あなたの車、そろそろ古くなったね」と言うわけです。

TLG GROUP編集部:なるほど!そこでビジネスに繋がるんですね。

長田教授:そう。グラブは「結構売上も出てるみたいだから、もうちょっといい車をローンで買いなよ。お金貸すよ」とドライバーに言います。また、その情報は勿論銀行は知ることができません。なぜならば、彼がどんな車に乗っていて、どれくらい売上があって、どれくらい証券が当たって、どれくらいレーティングがあって、どれくらい優秀なドライバーであるか、銀行は知らないわけなので。

タクシードライバーに対して誰よりも早くお金を貸すことができるというのがグラブの強みであり金融ビジネスです。

TLG GROUP編集部:あまりにも自然な流れで驚きました。

長田教授:異業種の金融業界への参入の背景は、楽天やグラブのように沢山の情報を持っている人達も、その情報をもとにお金を貸したりお金を預けてもらったりすることが可能になったことです。

また、銀行業務に異業種が参入するメリットですが、2つ目の理由につながります。情報を持ってる人達は、その情報をもとにお金を貸せば確実に儲けることが可能なので金融ビジネスをやりたいと思いますよね。

TLG GROUP編集部:確かにそうですよね。例えば、楽天は独自に楽天銀行を持っていますよね。フィンテック分野でも大きな力を獲得している印象です。

長田教授:まさに、大手eコマース企業である楽天は、コマース情報をフルに活用して銀行サービスをやっています。銀行の専業であった融資やローン業務以外にも「楽天Edy」といった電子マネーサービスを提供しています。

TLG GROUP編集部:最近の事例だと、JR東日本は2024年春から「JRE BANK」として銀行代理業に参入すると発表しましたね。

長田教授:JREの凄いところは、Suicaにあります。Suicaはもともとは改札でしか使えなかったのに普段の買い物でも使えるようになりましたね。タッチ決済ができるSuicaには何時何分にどこでどれくらいのお金を誰のために使ったかのデータが全部履歴されています。

例えば、普段から松屋とか吉野家の支払いで僕がSuicaをピッと使っていたとすると、ある日JREから「吉野家の株価がいいですよ」あるいは「株主優待が付いていて、年間何倍も売れるようになるんですよ」とメールが来る、なんてことも可能ですよね。

TLG GROUP編集部:それは株を買いたくなりますね。

長田教授:実際規制があって今はそれができないんですが、情報を持っている人たちはその情報を使った金融ビジネスをスタートする可能性を秘めています。だからみんなやりたいと思うし、世界中の情報を持っている企業を買収したいと思っています。また、そういう企業の持つ情報を手に入れるテクノロジーをみんな欲しているでしょう。

情報について言えば、例えば街中に監視カメラを付けておけば、誰が誰と会っているかを情報化できるわけです。実際、シンガポールではそれをしていると噂があるくらい街中に監視カメラが多いそうです。また、シンガポールと言えば顔認証の技術が凄いので、それも利用できるでしょう。身分証明や顔認証が最初に取られているから、僕が横断歩道を無視したところも多分監視カメラは見ているはずです。

TLG GROUP編集部:怖い話だけど本当にそうですよね。

長田教授:それくらい情報化が進んでいるので、異業種という形で情報産業が金融業界に入っていきたいと思うのも自然な流れです。

そこで異業種が金融業界に進出するもう1つの理由に繋がるわけですが、今まで金融サービスは1つの金融機関がやっていましたが、それを今は全部バラバラにしてもいいのではないかという議論があります。

例えば、今までは銀行とはお金を預けてもらってそのお金を貸すというビジネスでしたよね。「お金を預かるビジネス」と「お金を貸すビジネス」は別々のフィンテック企業がやっても上手くいくのではないかという流れになっています。

TLG GROUP編集部:なるほど。

長田教授:これはアンバンドリングと言って、一括して提供してきた金融機能を個別に分離することを意味します。要するに、銀行サービスをもう少し細分化して、フィンテック企業が個別にやっていくチャンスを与えた方がいいのではないかという考えです。

先ほどお話しした異業種の企業も、基本的に銀行サービスを全部はしたくないですよね。金融サービスは色々細分化されており、金融サービスの一部をやる企業はどんどん増えています。例えば、日本で海外にお金を送る場合、昔は銀行に行くしかなかったんですよ。でも、今だと海外にお金を送るサービスは銀行以外でも可能であり、かえって早く安くできるので凄く便利です。

TLG GROUP編集部:そうなんですね!海外送金となると面倒で手数料も高いイメージなので、手軽にできるのは非常に便利ですね。

長田教授:このように、昔は銀行しかできなかったビジネスに参入したがっている企業が多く存在し、またそのビジネスを専門とした新しい企業がどんどんできています。

僕が普段使っているものに、Wise(ワイズ)という海外送金を専門としているイギリス系のフィンテック企業があります。僕は今シンガポールに住んでいるので、日本の銀行口座からシンガポールの自分の口座に送金することが多いのですが、昔だとわざわざ銀行に行って海外送金の手続きを行う必要がありました。アポイントメントを取り、窓口に行き、本人確認証明書を見せて、高額な手数料を支払って…と非常に面倒です。しかし、ワイズの送金システムを使うとインターネット上で全て完了します。

これはほんの一例ですが、そういったことが今や沢山存在しています。したがって、データがある企業は金融業界に参入すればメリットがあり、金融サービスがどんどん細分化しているから小さな企業でも参入しやすい。そして、世界中の企業がより良い金融サービスを生み出すために競っている状態ですね。

TLG GROUP編集部:なるほど。非常に興味深いお話をありがとうございます。世界規模で見ると金融業界に限らずどんどん情報や技術が発展しているのですね。

長田教授:何度も言いますが、日本だってやる気があれば絶対できるんですよ。ただ、それを遅らせている理由の1つは完全に厳しい規制です。規制緩和が進まない限りは、日本のデジタル化の発展は難しいと言えるでしょう。

銀行業界が抱える課題と今後の打開策

TLG GROUP編集部:続きまして、銀行業界が現在抱えている課題と今後の打開策について教えていただけないでしょうか。

長田教授:先ほどもお話ししましたが、1つは金融に関わる新規産業を阻害する規制を緩和していくべきでしょう。実際、日本にもフィンテック協会が存在しており、新たな金融サービスの社会実装に向けて尽力しているんですが、まだまだ日本は世界的に遅れていると言われています。

また、大きな銀行はデジタル化への対応が進んでいますが、地方銀行などの小さな金融機関は取り組みが遅れていることも課題です。そして、その理由の1つは人材不足だと言えるでしょう。実際、世界的に大きなデジタル化に成功している企業の人材の大半がデジタル要員です。

多くの人の地方銀行のイメージは、銀行が直接企業に足を運んでいるというアナログなイメージがあるかもしれないですけど、今は理系の人たちが沢山います。今や銀行業界は競争相手がIT企業ですから、理系人材がいないと太刀打ちできないでしょう。さらに、人材をどんどん入れ替えて「自分たちがデジタル企業なんだ」ぐらいの意識を持たないと、おそらく色々な競争に勝てなくなると思います。

例えば、もし仮に楽天などのデジタル系の企業が本気を出して地方でビジネスをやろうと思ったら、地方銀行さんたちはおろらく勝てないと思います。

TLG GROUP編集部:確かに、楽天なんかはデジタル力も全然違いますもんね。

長田教授:住宅ローンひとつを取ってみても、昔は山梨県に住んでいる人は山梨県の金融機関から借りていましたが、今はイオンなど他業者の銀行でも低い金利で住宅ローンをりることが可能です。デジタル化が進めば進むほど効率的になり、より早くより安いサービスを作れるはずなので、そこで競争していくのは厳しくなると思います。

TLG GROUP編集部:デジタルをどんどん活用して効率化しないと、これからのデジタル化社会は生き残れないということですね。

長田教授:そうです。さらに言えば、いざ日本が世界と戦おうと思った時には、政府や業界団体が協力しながらいいシステムを作っていくことが重要です。そうすれば世界的に見てもデジタル化が進んだ便利な国になるんじゃないかなと思います。

TLG GROUP編集部:今のお話を聞く限り、デジタル化も整えば日本は凄く住みやすい国ですよね。

長田教授:日本は世界的に見ても非常に住みやすいと思います。ご飯も美味しく街中も綺麗だし、いい国だからこそデジタル化さえ進めばもっと便利になると思っています。

TLG GROUP編集部:ちなみに、企業においてシステムに強い人材を多く確保するのは結構難しいですよね。

長田教授:人材が限られているので、確かに難しいですね。新規採用する時になるべくそういった人材を取るようにすることも重要ですし、人材が足りないのであれば育てる必要もあります。とはいえ、既存の銀行員さんたちを大学院に行かせたり、世界中から人を雇ったりとシステムに強い人材を確保する方法は色々あるでしょう。また、これだけデジタル化が進んでいるので、別に日本に住んでなくてもビジネスはできますよね。例えば、このプログラムのコードを打ってくださいという仕事を、山梨中央銀行は山梨に住む人に頼む必要はないですから。

TLG GROUP編集部:言われてみれば、確かにそうですね。

長田教授:そういった場面でデジタル化を上手く使えば足りない人材を補えると思います。日本人は勤勉なので、世界的にデジタル化が進んでいる企業がどうやってデジタルを活用しているのかをよく研究すれば絶対に上手くいくと思います。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。長田教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 日本の銀行のIT化現状を一般の方向けに言うのであれば、まだまだ世界的に見ると遅れている
  • 日本のデジタル化が遅れている原因は、規制の枠組みが厳しすぎることにある
  • 多くのデータを所持する異業種が「金融業界」に乗り出すメリットは、情報を利用すればほぼ確実に金融ビジネスで儲けることができるから
  • 銀行業界が抱える課題は、金融に関わる新規産業を阻害する規制の緩和と、システムに強い人材の確保である

日本の銀行のIT化現状は世界的に見るとまだまだ遅れをとっており、その原因は日本の規制の枠組みが厳しすぎることにあります。

また、近年多くの異業種が金融業界に乗り出す背景としては、情報を利用することで金融ビジネスをすることが可能であることが挙げられます。

これらを前提として、デジタル化が進む現代における銀行業界の課題は、IT化遅れの原因である規制の緩和とシステムに強い人材の確保であることが分かりました。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年2月9日