北星学園大学 大島寿美子 教授【ユマニチュードで人間関係の向上を目指す!一般社会での実践方法と応用術】

北星学園大学 大島寿美子教授に独自インタビュー

病院や介護において注目される「ユマニチュード」という革新的なコミュニケーション技法。この技法は、一般社会でも有効に活用できる可能性があります。

この記事では、北星学園大学の大島教授に独自インタビューを行い、ユマニチュードの具体的な活用方法や一般社会における応用について詳しくお話を伺いました。

大島寿美子教授の紹介
北星学園大学 大島寿美子教授

北星学園大学 文学部 心理・応用コミュニケーション学科
大島寿美子(おおしま すみこ)教授

1989年千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)。2012年北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph.D.)。1995〜1997年マサチューセッツ工科大学(MIT)Knight Science Journalism Fellowships フェロー。共同通信社、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年北星学園大学に着任。専門はコミュニケーション論。コミュニケーションの観点から見た科学と社会との関係、患者・医療者関係について研究するとともに、医療や健康に関する市民参画の研究と社会活動を行っている。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。日本ユマニチュード学会理事。ユマニチュードに関する著書として『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード〜人のケアから関係性のケアへ』(誠文堂新光社)がある。

ユマニチュードの特徴と活用方法​

TLG GROUP編集部:まず最初に、「ユマニチュード」の特徴や活用方法についてお伺いできますか。

大島教授:ユマニチュードは、2人のフランス人の体育学の専門家イヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が開発したフランス発祥のケア技法です。もともとは病院や介護施設でケアが必要な方々、特に認知症などでケアが困難な方々を対象に開発されたものです。

例えば認知症の行動・心理症状(BPSD)と呼ばれる症状により、ケアを受け入れてくださらなかったり、怒りっぽくなったりする方々がいらっしゃいます。そうした方々に穏やかにケアを届ける方法として、ユマニチュードは広まってきました。

日本でも高齢化が進む中で、看護師や介護士などがこの技法の効果を目の当たりにし、積極的に取り入れようとする動きが増えています。

この技法の核心はコミュニケーションです。4つの要素、すなわち「見る」「話す」「触れる」「立つ」が中心となります。この4つの要素はケアの「4つの柱」と名付けられています。

4つの柱はどれも私たちが日常で何気なく行っている行為ですよね。特に見ること、話すこと、触れることは、一般的なコミュニケーションです。

重要なのは、技法を通じて相手を大切に思う気持ちを伝えることです。具体的には、見る場合は相手の目をしっかりと見つめ、話すときは前向きな言葉を使い穏やかに話し、触れるときは柔らかく広い面積で触れていきます。

私は2018年にインストラクターの資格を取得し、この技法の持つ可能性について考えてきました。ケアをするときに有効できるのはもちろんですが、それだけでなく、日常の人と人との関わりにおいても活用できる技法だと考えています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。これらはどういった手順で行うのが望ましいのでしょうか。

大島教授: 4つの柱を使って相手と良い関係を結ぶための手順が「5つのステップ」です。具体的な例として、友人の家に招かれて食事に行く場面を想像してみましょう。

友達から食事に招待されていきなり家の中に入ってご飯を食べ、食べ終わったらさっさと帰る人はいないですね。まずはチャイムやノックで会いに来たことを知らせ、玄関で出会い、お互いに挨拶をし、了承を得て部屋に入ります。

ケアをする時も同様です。まず会いに来たことを知らせ、その後に良い関係を築く関わり方をして、それからケアをします。

また、食事をするときには話をしながらともに過ごす時間を楽しみます。また食事が終わったら「楽しかった」「素敵な時間をありがとう」とともに過ごした時間を前向きに振り返り、「また会いたいね」と言葉を交わして別れます。

ケアでも同じです。ケアをするときは見る、話す、触れる技術を使って関係性を築きます。ケアを終えてもすぐに帰らず、ケアを振り返り、ケアや相手を前向きな言葉で評価し、「また来ますね」などと再び会う約束をして別れます。

出会いの準備、ケアの準備、知覚の連結、感情の固定、再会の約束の5段階でケアをするので5つのステップと呼ばれます。このステップは人間関係を良好に保つために私たちが自然に行っていることでもあります。

4つの柱と5つのステップはケアにおいて良い関係を築くために開発された方法ですが、人と良い関係性を築く方法として日常生活にも活用できると思っています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。ユマニチュードは、企業や人間関係の様々な場面で活用できることですね。

大島教授:現在は主に病院や施設でのケアに使われていますが、コミュニケーションが難しい状況にあるお子様との関わりに活用する研究なども進んでいます。

また、ご家庭でご家族をケアする際に活用できるように学会でオンライン講座を提供し、全国各地の方に学んでいただいています。高齢者や認知症の方への接客、さらにはもっと一般的な仕事や日常生活の場面でも活用されるようになることを期待しています。

TLG GROUP編集部:素晴らしいですね。ユマニチュードを意識することで、様々な場面で円満な関係を築くことができそうですね。

大島様はユマニチュード・インストラクター試験を首席で合格された素晴らしい経歴をお持ちですが、そもそもユマニチュードの研究を始めるきっかけについてもお聞きできますか。

大島教授:この技法は東京医療センター病院の医師であり、現在は日本ユマニチュード学会の代表理事である本田美和子医師によって日本に導入されました。

友人であった本田医師からこの技法について話を聞いたとき、非常に関心を持ちました。というのも、私は以前からがんのサバイバーシップに関する研究をしていましたが、その過程で医療者と患者の関係性について大きな課題を感じていたからです。

実践でがんの患者支援をする中で、患者さんが医療従事者とのコミュニケーションに苦労しいることを知り、医療やケアを提供する側と受ける側とが良好な関係を築く方法を模索していました。

その中で、患者の持つ様々な感情や思いを医療従事者が理解することが重要だと感じました。そこで、がん患者が自身の体験を語り、それを聞くことで、ケアを受ける側の視点を理解する方法を開発し、その語りを医療従事者の研修にも活用しています。

ユマニチュードに出会い、ケアをする側が変容することでケアを受ける側との関係性を改善することができる画期的な手法だと感じました。ぜひ自分でもその技法を学んでみたいと研修を受け、インストラクターの資格を取りました。

ユマニチュードの手順と活用例

TLG GROUP編集部:ユマニチュードを使ったケアの効果について、詳しくお話をお伺いできますでしょうか。

大島教授:私は直接その研究に携わってはいませんが、これまでに様々な効果が確認されています。

例えば、療養型病院のスタッフがユマニチュードを学んでケアすると、認知症の行動・心理症状が緩和されたというデータがあります。

また、認知症高齢者の家族介護者がユマニチュードを学んだ結果、介護の負担感が軽減し、認知症の行動・心理症状が改善したという結果もあります。

さらに、集中治療室で働く看護師にユマニチュードを学んでもらい、ユマニチュードを使ってケアをすると、せん妄と呼ばれる混乱や興奮などの精神症状が5分の1に減少し、身体拘束が約半分なりました。

これらの研究から確認できるのは、ユマニチュードによってケアが困難になるような状況が改善されるということです。

TLG GROUP編集部:なるほど。ケアが困難になる状況とは具体的にどういった状況でしょうか。

大島教授:いわゆる「ケアの拒否」と言われるケアに協力が得られない状況やケアを受ける人が大声を出したり暴れたりするといった状況があります。

例えば、口腔ケアをしようとしても口を開けてもらえない、お手洗いにお連れしようとしても嫌がって動いてもらえなどですね。

TLG GROUP編集部:実際にケアをする側にとって、そういった行動は大変ですね。ユマニチュードを使うことで、ケアを受ける側の心理的な変化についてはどうでしょうか。

大島教授:ユマニチュードは相手と良い関係を築く技法であり、ケアを受ける人が「自分は大切に思われている」と感じることができます。その結果、ケアを受ける人はケアをする側に対して好意的な感情を持ち、積極的にケアに協力してくれるようになると考えられます。

日常生活でも、適切なコミュニケーションを通じて自分が相手を大切に思っていることを伝えることで、相手に自分を大事に思っていると感じてもらうことができ、協力的になってくれる可能性が高まりますよね。

TLG GROUP編集部:大切に思っていることを相手が理解できるように伝えることは、その相手との良好な関係性の構築に繋がるのですね。

大島教授:ケアが困難になる例として、暴力や暴言といった攻撃的な行動が良く上げられますが、ケアを受ける人は実は自分を守ろうとしてそのような行動を取っていることがあります。

例えば、手を持ち上げたり、どこかにお連れしようとして腕を掴むことがあるのですが、これは本人にとっては不快な経験になりうるのです。

なぜなら、掴まれるという感覚は、強制や連行と結びついているからです。ケアをする側としては、ケアを受ける人のためにしていても、例えばお手洗いにお連れしようと腕を掴んでしまうと、ご本人は「どこかに連行される」という恐怖を感じ、手を振り払ったり、大きな声を出したりするかもしれません。

ご本人にしてみれば自己防衛の行動です。しかし、ケアをする側から見れば攻撃的な行動に映ることがあるのです。

TLG GROUP編集部:お互いが不快な経験を避けるためにも、ユマニチュードという方法は重要なのですね。

次に、ユマニチュードと従来のケアの技法との違いや、活用・応用について教えていただけますか。

大島教授:良いケアの方法は多数存在しています。

例えば、認知症の方に対するケア方法にも有用なものが多く存在します。また、ユマニチュードが提唱している技術を意識的に取り入れていなくても、共通するような方法で上手にケアをされている方も沢山います。

ユマニチュードの特徴として、私が強調したい点の1つは、見る、話す、触れるといった日常的なコミュニケーションを通じて良い関係性を築く訓練を意識的することができる点です。これがユマニチュードの強みだと思います。

さらに、ユマニチュードには、ケアをするときの基本的な考え方がいくつかあります。その1つが、ケアを受ける人の自律や選択の尊重です。

この考え方がユマニチュードには組み込まれており、具体的なコミュニケーションを取りながら、その人の自律や尊厳を守ってケアを行うことが可能です。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。ユマニチュードの特徴や考え方について理解が深まりました。

ユマニチュードの社会への影響と貢献・さらなる応用

TLG GROUP編集部:最後に、大島様の今後の展望や、ユマニチュードのさらなる応用についてお話をお伺いしたいのですがよろしいでしょうか。

大島教授:実は、これまでの経験をもとにユマニチュードに関する解説本を準備中で、本年中に出版を目指しています。まずはその出版が目標です。

この技法はメディアで注目され、熱心に取り組んでくださる方々も増えてきましたが、まだ社会に広く浸透しているとは言えません。ケアの専門職はもちろん、それ以外の方々も含め、より多くの人に学んで実践してもらえるような仕組み作りに貢献できたらと考えています。

本の中でも触れていますが、ユマニチュードにおいて重要なのは、人と人との関係性です。今後、デジタル社会や少子高齢化により、人との関係性が複雑になる場面が増えていくと思われます。

地域社会やオンライン社会を含め、そうした状況で良好な関係を築きながら、互いに自分の意見や気持ちを理解し合い、違いを乗り越えて共通の目標を達成する社会を作りたいと思っています。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。大島教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • ユマニチュードはケア職や専門職だけでなく、一般の社会でも活用できる技法である。
  • ユマニチュードの特徴として、見る、話す、触れるという日常的なコミュニケーションを意識的に行う訓練ができる点がある。また、人は「立つ」ことによって尊厳が保たれることから、これらはユマニチュードの「4つの柱」と言われている。
  • ユマニチュードを活用する際は、出会いの準備、ケアの準備、知覚の連結、感情の固定、再会の約束と呼ばれる5段階のステップを意識するといい。
  • ユマニチュードは相手を尊重する技法であり、ケアを受ける人が「自分は大切に思われている」と感じることができるため、積極的にケアに協力してくれるようになる。
  • ユマニチュードを活用することによって、ケアをする側と受ける側の関係性を良好にすることができる。
  • ユマニチュードの基本的な考え方は、ケアを受ける人の自律を尊重し、その人の尊厳を守ることである。

ユマニチュードは一般社会でも使えるコミュニケーション技法で、日常の行動を意識的に行うことができます。相手を尊重し、自律と尊厳を重視する基本姿勢が特徴です。

また、ユマニチュードは、今後、デジタル社会や少子高齢化が進む中で、人との関係性が複雑になる場面が増えていく中でも有効だと考えられています。

この記事を読んでユマニチュードに興味を持った方は、是非大島教授の著書『「絆」を築くケア技法 ユマニチュード 人のケアから関係性のケアへ』(誠文堂新光社)や、日本ユマニチュード学会のウェブサイトをご覧ください。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年5月1日