近年、AI技術の進歩により、自動運転技術は目覚ましい発展を遂げました。SF映画の中にしかなかった自動運転システムは、もはや遠い未来のものではなくなりつつあるのです。
このように、モビリティを取り囲む技術や概念が進化する中、私たちの生活はどのように変化していくのでしょうか。
この記事では、金沢大学の菅沼直樹教授に高度な自動運転システムに関する研究やモビリティの進化が私たちの生活にもたらす可能性について独自インタビューさせていただきました。
金沢大学 高度モビリティ研究所
菅沼直樹(すがぬま なおき)副所長・教授
金沢大学工学部機械システム工学科を卒業後、金沢大学大学院自然科学研究科システム創成科学専攻にて博士号(工学)を取得。
2002年より日本学術振興会特別研究員に就任し、同年に金沢大学工学部の助手に就任。2003年に日本大学生産工学部研究員(客員)、2008年より金沢大学機械工学系講師を経て、2024年より現職。
研究分野は知能機械学・機械システム、知覚情報処理・知能ロボティクスなど。
近著・論文として(共著・編著含む)として「Supervised vehicle trajectory prediction using orthogonal image map for urban automated driving」(共著:2023年)、「種類を限定しない自動運転向けカメラ画像内点滅検出」(共著:2023年)、「Effect of Road Markings Wear on Accuracy of ZNCC-Based Map Matching International」(共著:2023年)など。
現在の研究テーマと経歴
TLG GROUP編集部:まず初めに、菅沼様のご経歴について簡単にお伺いできますか。
菅沼教授:私は愛知県出身で、金沢大学に進学してから研究者を志し、その後も金沢大学で研究を続けています。
1998年からは研究者として活動をはじめ、当時から現在に至るまで自動運転技術について研究しています。特に、市街地で自動運転をどのように導入するのかについて焦点を当て、26年ほど実験や研究を続けている最中です。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。実証実験というと、具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
菅沼教授:例えば、2015年には国内の大学で初めて公道での自動運転の実証実験を行いました。また、SIP事業(戦略的イノベーション創造プログラム)という、内閣府のプロジェクトにも参加していました。
この他にも、いくつかの国のプロジェクトを受託したり、民間企業とも連携したりしながら自動運転の技術開発に携わっていますね。
TLG GROUP編集部:さまざまなプロジェクトに関わりながら自動運転について研究されているのですね。どういったきっかけで自動運転の研究を始められたのでしょうか。
菅沼教授:私はもともと大学で機械技術を勉強しており、所属していた研究室では動きまわるロボットを知能化するという研究を行っていました。
その中で「ロボットが高速で動いたら面白いだろうな」と思うようになり、技術的な面白さを追求するようになったのです。自動車の研究を始めたのも、この「ロボットが高速で動いたら面白いだろう」という考えがきっかけですね。
TLG GROUP編集部:20年以上も前から自動運転に関する研究をされている背景には、そういった知的好奇心があったのですね。
AD-URBANプロジェクトの概要と目的
TLG GROUP編集部:先ほどSIP事業に参加していたというお話がありましたが、そもそもSIP事業とはどういったものなのでしょうか。
菅沼教授:SIP事業とは、内閣府が推進している「戦略的イノベーション創造プログラム」のことです。私はそのプロジェクト内で、2018年から2022年にかけて自動運転に必要な認識技術などに関する研究を行っていました。
自動運転の実現にはさまざまな技術が必要とされますが、その中で重要になるのが周辺環境を確認しながら次の行動を決定するための認識技術です。
私は認識技術の技術開発をする傍ら、実際の街中で自動運転の車を走らせる際の課題を調査しました。自動運転の車にはセンサーが付いているので、認識が困難になるような状況を事前に把握しておくことが大事だったのです。
TLG GROUP編集部:認識が困難な状況にある中で自動運転を実現するためには、どういったものが必要になるのでしょうか。
菅沼教授:例えば、インフラにセンサーを設置して自動運転を支援することができれば、より安全に自動運転をすることができるようになります。
つまり、自動運転を実現するためには「インフラからのサポートがどうあるべきか」ということを突き詰めて考えていかなければならないのです。
TLG GROUP編集部:確かに、インフラと連携すれば交通状況を簡単に把握できますよね。悪天候の日は自動車のセンサーだけでは不安に感じる人も多いでしょうから、インフラ面の整備がより進めば嬉しいです。
菅沼教授:そうですね。プロジェクトではその考察を実証するために、信号機があと何秒で切り替わるのかという情報をインフラから伝達してもらったり、自動運転車についているカメラの情報を使って認識したりという実験をお台場で行いました。
その他にもいろいろな技術について調査を行い、自動運転自動車が一般的に使われる未来を実現させるために研究を続けてきたのです。
TLG GROUP編集部:そうだったのですね。実際、お台場で走行実験を行った結果はどうだったのでしょうか。
菅沼教授:数千キロという距離を自動運転で走行することができました。そのため、お台場では自動運転でも安定して移動できるということは確認されているのです。
TLG GROUP編集部:すごいですね。他の地域でもインフラの整備が進めば、同じように自動運転が可能になるのでしょうか。
菅沼教授:そうですね。今はちょうど日本各地の地域で自動運転の安全性を示していくために「AD-URBANプロジェクト」というものを進めています。
このプロジェクトは内閣府のプロジェクトの後継となっていて、お台場をはじめとした様々な地域で自動運転技術の公道走行実証実験を行っています。
一部の地域では、自動運転技術の安全性を他のプロジェクトと連携しながら証明している最中です。
TLG GROUP編集部:他のプロジェクトとの連携では、具体的にどういったことをされているのでしょうか。
菅沼教授:例えば、同じ経済産業省の委託事業であるDIVP(Driving Intelligence Validation Platform)というプロジェクトや、SAKURAというプロジェクトと連携して安全性を論証しています。
DIVPの場合、自動運転の安全性を実際の公道を用いて実証するのではなく、バーチャルの環境でテストできるようなシミュレーションプラットフォームを作っています。
また、SAKURAでは自動運転技術の安全性を評価すべき交通環境のシナリオを検討しているのです。
AD-URBANプロジェクトは、そういった仮想環境の中で自動運転自動車を走らせて安全性を評価しつつ、実際の実証環境で自動運転をしながら課題を見つけ、安全性の論証をしています。
TLG GROUP編集部:3つのプロジェクトで実験を繰り返すことで、より細部の課題が分かったり、システムを高度化したりすることができそうですね。
ちなみに、AD-URBANプロジェクトは現在も進められているというお話でしたが、現段階ではどういった成果が出ているのでしょうか。
菅沼教授:大きな成果の1つとして挙げられるのは、実際の走行環境を仮想空間で再現できるようになったということです。
過去のSIP事業では、お台場で実験を行った際に、周りにどんな車があったのか、どんな人がいたのかという交通環境をセンサーデータをもとに人手でタグ付けしました。そのデータをDIVPの方で仮想空間に取り入れると、リアルな環境を再現できるようになったのです。
仮想空間では、バイクの飛び出しや悪天候など、リアルではなかなか検証しづらい状況もデータを基に構築することができます。これによって、さまざまな条件下で自動運転の安全性を評価できるようになったのです。
また、現在行っているAD-URBANプロジェクトでは、最新の認識技術の導入によって、交通環境のタグ付けも自動運転の認識技術を用いることで、ほぼ自動的に行うことができるようになりました。これによって評価シナリオも自動的に作れるようになるため、今はその技術を開発中です。
このように、現段階ではDIVPプロジェクトでバーチャル空間を再現し、SAKURAプロジェクトで評価すべきシナリオを検討し、AD-URBANプロジェクトで実証実験を行うことで、自動運転システムがどれくらい安全なのかを評価できる環境を作ろうとしています。
TLG GROUP編集部:仮想空間でここまでリアルな環境を再現できるというのに驚きました。ここまで徹底的に安全性が評価されているのであれば、遠くないうちに自動運転も生活の一部となりそうです。
菅沼教授:そうですね。仮想空間でリアルな環境を再現するというのは、まさにDIVPプロジェクトの大きな成果です。このDIVPプロジェクトもSIP事業の後継の1つなのですが、自動運転技術の安全性を確立するために技術者が努力を重ねてきた結果と言えるでしょう。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。各プロジェクトに携わられている技術者の方々の努力が今の成果に結びついたのですね。
自動運転システムの展望と社会にもたらす影響とは
TLG GROUP編集部:ここまで自動運転システムの進化についてお話していただきましたが、今後自動運転が普及していく中で、人々の生活はどのように変化していくのでしょうか。
菅沼教授:自動運転システムが確立されるようになれば、移動がより自由に、楽しくなるのではないかと思います。つまり、移動に課題を抱える方でも便利に過ごせる社会が実現するのではないかと思うのです。
例えば、過疎地に住む方々は移動方法が不足しているため、日々の移動が困難なことがあります。また、京都や大阪、東京といった都市部であっても、皆さん大なり小なり、移動に関する不便さや格差を感じたことがあるでしょう。
こういった移動手段の保有の有無によって生活に格差が出ることを「モビリティ・デバイド」と言います。
このモビリティ・デバイドを解消し、社会を変える可能性のある技術というのが、おそらく自動運転なのだろうと私は考えているのです。
TLG GROUP編集部:確かに、自動運転によって新しい移動手段が確立されれば、より自由な移動が楽しめそうです。そんな自動運転が一般的に利用されるようになるためには、どういったことが必要になってくるのでしょうか。
菅沼教授:自動運転を夢でなく現実にするためには、こういった新しい乗り物、モビリティが人々にとって有益かつ安全だということを証明する必要があると思います。
有益であるというのは簡単に想像できる方が多いでしょう。しかし、安全性をいかに謳っていけば良いのかは難しい点です。
実際に自動運転自動車を走らせながら「本当に安全ですよ」という風に示すだけでは、きっと安全性を証明するのに足りません。
どのように安全性を謳っていけば良いのかを考えることは、自動運転をはじめとするモビリティがどのように社会の役に立つかを知ることに繋がると思います。まずは、自動運転の安全性を証明するためにはどうすれば良いのかをしっかりと考え、未来社会に貢献していきたいですね。
TLG GROUP編集部:ありがとうございます。菅沼様はプロジェクトを進められている最中ということでしたが、今後はどういったことが課題になると考えていらっしゃいますか。
菅沼教授:課題は多くありますが、その中でも特に注目している点は主に2つあります。
1つは、見通しが悪いところで自動運転システムはどのように動くべきなのかということです。市街地で自動運転をしようと思うと、自動車はもちろん、歩行者も歩いていますよね。
このように、様々な条件で交通環境が構成されている中、自動運転システムが安全に動くのは簡単なことではありません。リスクが伴う環境下でどのように自動運転システムを作動させるのかという点は、今後の大きな問題となるでしょう。
もう1つは、社会の在り方自体を見直す必要があるということです。
例えば、自動運転自動車で事故が起きてしまったとします。その時、車がすべて悪いと考えるのか、もしくは車がぶつからないようにするための努力を人がしなければならないと考えるのか、そういったことを突き詰めていく必要があると思います。
当然、安全面に関しては自動運転自動車が最大限担保する必要があるでしょう。しかし、自動運転を使う私たちも車が動きやすい社会を作る必要があるのです。自動運転が生活の一部として社会で成り立っていくためにも、世の中の仕組みを見直すべきだと考えています。
TLG GROUP編集部:技術だけでなく、利用者である我々の意識も変えてく必要があるのですね。
今後、自動運転技術がより進化していくと思いますが、自動運転の利用を促進するためにはどういったことが必要になるのでしょうか。
菅沼教授:まずは、自動運転システムを高度化し、自由に動き回れるものを作っていく必要があるでしょう。また、自動運転システムを様々な地域で展開していくためには、システム導入のコストを下げていかなければならないとも考えています。
市街地で自動運転システムを導入しようとすると、残念ながら普通の車とは同じ価格帯にはなりません。しかし、自動運転システムを社会に浸透させるためにはコストを段階的に下げて導入しやすい環境を作っていかなければならないのです。
また、技術者である我々は、世の中の人々が自動運転を受け入れられるように、自動運転システムがいかに安全であるかを示していかなければなりません。
現在、日本各地で取り組んでいる自動運転の実証実験では、自動運転の安全性だけでなく、どのように活用していくのかを考える必要があります。
その点を技術者だけでなく地域の方々、一般の方々も一緒に考えていけたら、より自動運転システムの促進に繋がるのではないでしょうか。
まとめ
TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。菅沼教授にインタビューして、下記のことが分かりました。
- 自動運転が一般的に使われるようになるためには、システムの高度化だけでなくインフラ面のサポートが必要不可欠である。
- 自動運転システムの普及には安全性の論証が必要であり、様々なプロジェクトが連携して実証実験に取り組んでいる。
- DIVP(Driving Intelligence Validation Platform)プロジェクトにより、実際の交通環境をバーチャル空間で再現することが可能になった。
- 自動運転システムの普及により、モビリティ・デバイドという移動手段の格差が解消される可能性は高い。
- 自動運転が生活の一部となるためには、社会の在り方を見直し、利用者側の意識も改善していく必要がある。
自動運転システムの普及は、様々なプロジェクトの連携によって実現しつつあります。技術者の努力によって移動手段は格段に増え、社会はより豊かかつ便利になっていくでしょう。
しかし、より良い社会を実現するためには技術者だけでなく、私たち全員が新しいテクノロジーとどう向き合うのかをしっかりと考えていく必要があります。
今後も、高度な自動運転システムの開発やそれを取り囲む社会の現状、改革に注目が集まりそうです。
取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年7月4日