沖縄国際大学 上田幸彦 教授【入院生活における患者のQOLを維持・高める方法とは?】

沖縄国際大学 上田幸彦 教授に独自インタビュー

急な病気やけがで入院した際に、QOLを維持した生活ができるようになることは治療の質とどのような関係があるのでしょうか。

また、QOLを維持するために実際にどのようなアプローチが行われているのでしょうか。

この記事では、沖縄国際大学の上田幸彦教授に、入院生活における患者のQOLを維持する重要性や、QOLを維持・高める方法について独自インタビューさせていただきました。

上田幸彦教授の紹介
沖縄国際大学 上田幸彦 教授

沖縄国際大学 総合文化学部 人間福祉学科
上田幸彦(うえだ ゆきひこ)教授、公認心理師・臨床心理士

早稲田大学社会科学部卒業、早稲田大学大学院修士課程心理学専攻を修了後、久留米大学大学院心理学研究科博士後期課程を単位取得で満期退学、博士(心理学)取得。

1991年より国立福岡視力障害センター生活指導・心理判定専門職。1999年アメリカにてリハビリテーション心理学を研修。2002年より福岡市立心身障害福祉センタ-(高次脳機能障害支援モデル事業拠点機関)臨床心理士。2007年4月より現職。

その他、沖縄県公認心理師協会会長、リハビリテーション心理職会副会長、日本公認心理師養成機関連盟理事、を兼任。

著書・論文として、「リハビリテーションにおける認知行動療法的アプローチ」(2011)、「高次脳機能障害のための認知リハビリテーション」監訳(2012)、「難病とストレス・マネージメント」(2019)、「筋ジストロフィーの心理的支援」(2017)など。

入院生活におけるQOLの重要性

TLG GROUP編集部:それでは最初に、入院生活におけるQOLの重要性についてご見解を伺えますか。

上田教授:入院生活といっても、病気によって様々なパターンがあります。

例えば数日から数週間の短期間で済む入院もありますし、数カ月以上1年以上といった長期間に渡る場合もありますよね。他にも、入院して治療というより病院で生活をしている療養生活もあり、一口に「入院生活」と言ってもいろいろなパターンがあります。

こういった入院生活は普段の生活とは異なり、治療のためにするものです。当然体の治療・回復が一番優先されることにはなりますが、今までとは違った環境に置かれるため、生活の質や生活満足度ができるだけ下がらないようにすることも必要です。

こういった生活の質や生活の満足度をQOLと言います。

患者の中には1ヶ月以上や半年、あるいは病院で療養生活をする場合は一生病院で暮らすといった病気の方もいらっしゃいます。

そういった方の場合は治療以外の側面、身体的な満足度だけでなく心理的、人間関係、環境的にも満足いくような状態に整えることはとても重要です。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。入院生活では疾患や治療に関する不安などで精神的健康も大きな影響を受けますが、そういった場合もQOLが重要になるのでしょうか。

上田教授:そうですね。 入院生活をすることでメンタルヘルスが不調になることはよくあります。メンタルヘルスはQOLにとって非常に重要です。通常、メンタルヘルスが低下すると、生活の満足度は下がります。ですからメンタルヘルスが低下しないように、あるいはそうなったとしてもそれに対するケアをすることが必要です。

TLG GROUP編集部:なるほど。体の不調を改善することは大事ですが、それと同じようにメンタルヘルスについてもしっかりと目を向けていく必要があるのですね。

QOLを維持するためのアプローチと介入

TLG GROUP編集部:QOLの維持は入院生活における重要な要素の1つですが、実際にQOLを維持するためには、リハビリテーション心理学の観点からどういったアプローチが必要なのでしょうか。

上田教授:まず、QOLを維持するために欠かせないのは、入院される方のメンタル面も含め、生活の質・生活満足度にも気を配るというような、病院スタッフ全員の共通認識です。

そのうえでリハビリテーション心理学の観点から言うと、それぞれの人の入院生活におけるQOLを把握・測定することが必要です。つまり、その人の満足度やメンタルヘルスが維持されているのか、それとも下がっていないかどうかを客観的に測定するということです。

測定の結果、メンタルヘルスが不調であったり、満足度が下がっていたりしたのであれば、上げるためには、戻すためにはどうすれば良いのか対策を考えることに繋がります。

QOLを高めるためにいろいろな試みをした場合も、その試みによってその人のQOLやメンタルヘルスが良くなっているかどうかを確かめながらやっていくことが大事になると思います。

TLG GROUP編集部:その人の状態をしっかりと把握し、それに合わせた試みをすることが重要なのですね。

ただ、QOLを確かめながら維持することは結構難しいようにも思います。

上田教授:そうですね。ですが、いろいろな尺度を使ってその人の心の状態を測定して、QOLを高めるための試みにちゃんと効果があったかどうかを確かめながらやっていくのが心理学の方法です。

そのため、そういう尺度を使いながらQOLを維持するための取り組みをすることは非常に大切だと思います。ただ、実際に測定しながら取り組んでいるところは少ないと思いますね。

TLG GROUP編集部:そうですよね。体感ではありますが、そういった客観的な確認を行っている場所は中々ないですよね。

上田教授:はい、あまりないと思います。

「QOLを高める」と謳って取り組んでいるところは結構あるのですが、QOLとは何かという考え方がそれぞれの医療者によって異なっていることが多いですね。

なので、QOLを高めるということを本当に考えているのであれば、ちゃんとQOLを測定したうえで試みを工夫し、その結果QOLが高まったのかを確認していくことが大事だと思います。

現在の研究内容や将来の展望

TLG GROUP編集部:上田様はリハビリテーション心理学やストレス・マネジメントなどについてご研究されていますが、入院されている方のQOLについて研究されるようになったきっかけはあるのでしょうか。

上田教授:入院している方のQOLについて研究するようになったきっかけは、「筋ジストロフィー」という病気の患者さんに関わるようになったからです。

この筋ジストロフィーは、全身の筋肉が動かなくなるという病気で、症状が進行すると歩けなくなったり、手も動かせなくなったりしてベッドでの生活を余儀なくされます。

以前は呼吸する筋肉も動かなくなってしまい、呼吸不全で死亡してしまう患者さんも多かったのですが、最近は人工呼吸器を使って長く生きられるようになったのです。

しかし、そういった場合でも人工呼吸器をつけたままでベットで寝たきりの生活をしなければならないから自宅での生活が難しく、一生病院で生活する人たちも多くいらっしゃいます。

こういった筋ジストロフィーの専門病棟を持つ病院は全国にいくつかあるのですが、私はその中の1つである国立病院機構沖縄病院と関わっています。実際に沖縄病院には、筋ジストロフィーを抱えて病院でずっと生活されている方が多くいらっしゃいます。

筋ジストロフィー医療の領域では、患者さんのQOLをいかに高めるかという取り組みが数年前から為されています。その取り組みに参加したのが、研究を始めたきっかけですね。

TLG GROUP編集部:そうなのですね。その取り組みには、誰かに誘われてというよりはご自身で参加を決意したのですか?

上田教授:いえ、誘われて参加しました。

もともと、筋ジストロフィーの医療に心理学者が関わることはあまりありませんでした。

ですが、皆無ではなく、以前から筋ジストロフィーの医療に関わっていた僅かな心理学者の中の一人の方から「沖縄病院の筋ジストロフィー病棟に参加してくれないか」と誘われて研究を始めました。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。上田様がQOLについて研究されるようになってからかなりの年月が経っていますよね。

上田教授:そうですね。筋ジストロフィーの方のQOLの研究は沖縄に来てから始めたので、15、16年は関わっているでしょうか。

TLG GROUP編集部:すごいですね。現在もこういった研究をされていらっしゃるのでしょうか。

上田教授:はい、現在もずっと続けていますね。

TLG GROUP編集部:上田様の研究における課題や最終的な目標などがあればお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか。

上田教授:そうですね。筋ジストロフィーの方のQOLの高低にどのような要因が関連しているのかというのはこれまでの研究でだいぶ分かってきました。

そのため、これからの課題は「筋ジストロフィーの方のQOLを下げないためには、維持するためには、可能であれば高めていくためには、どんな介入方法があるのか」を探していくことです。

TLG GROUP編集部:介入方法を探すという課題は、解決のためにかなり時間がかかってしまいますよね。実際にこの課題を解決するための方法としてはどういったものがあるのでしょうか。

上田教授:課題を解決するためには、まず試してみることが必要になるかと思います。

「この介入方法であれば患者さんのQOLやメンタルが改善するのではないか」という仮説を立てて、実際にそれをやってみるのです。

そこから、今回お話したようにQOLなどを測定し、その介入方法でQOLが上がったことが確認されたら、その介入方法が有効だということが分かりますよね。

このように、試して効果を測定するということを繰り返すしかないのだと思います。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。繰り返しながら研究されていらっしゃるのがすごいと思います。研究されていらっしゃる中で楽しいと感じることもあるのでしょうか。

上田教授:遊んでいる時に感じるような楽しさはないですね。

ただ、試行錯誤して考えぬいたことを実行して効果を測定したときに、予想通りの結果が出てきたときはとても嬉しいし楽しいです。予想通りの結果が出ないことの方が圧倒的に多いので、喜びもひとしおです。

TLG GROUP編集部:中々予想通りの結果が出ないのは辛いですよね。研究している中で挫折されたことなどもあるのでしょうか。

上田教授:挫折というか、がっかりしたことはたくさんあります。ですが、それで研究をやめてしまうわけにはいかないですよね。

やはり、予想通りの結果が出なかったとしてもそこに踏みとどまって、他のやり方を考え、また這い上がることを繰り返さないといけないのです。研究とはそんなもんですよね。

TLG GROUP編集部:とても素敵な考え方だと思います。難しい質問にはなってしまいますが、上田様の研究の最終的な目標はどのようなものなのでしょうか。

上田教授:最終的な目標は、「筋ジストロフィーを抱えている方のQOLに関するすべての問題を解決する方法を見つけること」です。

ただ、これは土台無理な話です。最終的にはそこまで行きたいですが、まずはこの目標に少しでも近付くためにできることを見つけていきたいと思っています。

私が研究できる期間も限りがあるので、残された時間でどこまで前に進めるかを大事にしていきたいです。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間をいただき、ありがとうございました。上田教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 入院生活では身体の治療以外の面でもケアが必要であり、心身の健康を保つことがQOLにとって重要な要素である
  • QOLを維持するためには、それぞれの人の満足度やメンタルヘルスの状態を客観的に測定することが必要である
  • QOLを高めるための方法を考える際には、QOLを測定したうえで取り組みを実施し、その結果を測定する繰り返しが重要である
  • 上田教授が入院している方のQOLについて研究を始めたきっかけは、筋ジストロフィーの方のQOLを高める取り組みに参加したことである
  • 問題を解決していくためには、少しずつでも方法を見つけて試してやっていくことが必要となる

入院生活におけるQOLの維持は心身の健康を改善する上で欠かせない要素の1つです。

入院生活は体の不調を治すことが第一優先ではありますが、それ以外の面を軽視して良いというわけではありません。

また、QOLを維持する裏では、多くの試行錯誤が繰り返されていることが分かりました。これから研究が進む中でどのようなことが発見されるのか、ぜひ注目してみてください。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年4月24日