岐阜薬科大学 吉村知哲 教授【薬学と臨床の融合!岐阜薬科大学と大垣市民病院の連携がもたらす未来】

岐阜薬科大学 吉村知哲 教授に独自インタビュー

岐阜薬科大学は、薬学に特化した教育と研究に注力し、薬剤師や医療従事者の育成に力を入れています。

最近では、大垣市民病院との連携により、臨床薬学研究を推進するための「医療連携薬学研究室」が設立され話題になりました。

この記事では、大垣市民病院で薬剤部長としてご活躍されていた経験をお持ちの岐阜薬科大学の吉村知哲教授に、この共同プロジェクトに期待される効果について独自インタビューさせていただきました。

吉村知哲教授の紹介
岐阜薬科大学 吉村知哲 教授

岐阜薬科大学 病院薬学研究室
吉村知哲(よしむら ともあき)教授

1962年、岐阜市出身。

岐阜薬科大卒業後、大垣市民病院に勤務。

97年に博士号取得。

薬剤部長や院長補佐などを歴任し、2023年から現職。

日本医療薬学会認定がん指導薬剤師。

著書に「がん専門・認定薬剤師のためのがん必須ポイント」(じほう)など。

進化する薬剤師の役割

TLG GROUP編集部:吉村様は以前、大垣市民病院で薬剤部長を務められていたと伺っております。まず最初に、吉村様の現在までのご経歴ついて詳しくお伺いできますでしょうか。

吉村教授:私は岐阜薬科大学が母校なのですが、当初は特に薬学部を志していたわけではありませんでした。ただ、岐阜薬科大学が地元の岐阜市立大学であることから薬学部に興味を持ち、受験を決意しました。それが私の薬学の道の始まりです。

大学院修士課程に在籍していた際に、大垣市民病院の薬剤部長が研究のできる薬剤師を求めているという話を聞きました。

当時、病院での勤務はあまり考えていませんでしたが、病院を訪れ、薬剤部長と話をし、病院でのキャリアも魅力的だと感じました。岐阜市内には多くの病院がありましたが、研究にも前向きな大垣市民病院に就職することにしました。

入職後、私が大学でがん細胞の細胞培養を扱う研究を行っていた経験を踏まえ、病院でも細胞培養に関する研究を行いたい旨を伝えました。すると、病院側は細胞培養が可能な施設や実験器具を整えてくださいました。

病院での薬剤師業務の傍ら、17時以降は病院内の試験室に移動し、がんや免疫、アレルギーに関する研究に取り組みました。その成果を論文にまとめ、岐阜薬科大学に提出し、博士号を取得しました。

TLG GROUP編集部: 病院での勤務と並行して研究を積極的に行われていたのですね。

吉村教授:薬剤師の業務は、昔と今では大きく異なりますが、その転機となったのは2009年の日本病院薬剤師会による専門薬剤師制度の創設です。

この制度は、がん専門薬剤師や感染制御専門薬剤師など、特定領域の専門性を持った薬剤師を育成することを目的としています。私は当時、がんの領域で活動していたため、早速がん専門薬剤師の資格を取得しました。

がん専門薬剤師の資格取得を機に、他の施設のがん専門薬剤師との交流が広まりました。これまで各病院の薬剤師が活動を表に出す機会はあまりありませんでしたが、専門薬剤師制度の導入により、全国のがん専門薬剤師が情報交換できるような場が生まれ、薬剤師同士の繋がりが一層深まりました。

1980年代以前は、薬剤師の業務は基本的に外来患者への調剤業務が中心でしたが、90年代に入り入院患者への薬の指導や薬の適正使用などの薬物治療管理の必要性が求められるようになり薬剤師の役割が変化しました。

専門薬剤師制度の導入により、薬剤師は患者や他の医療スタッフとの接点が増え、医療における薬剤師の存在が徐々に認識されるようになりました。

TLG GROUP編集部:確かに、現在は薬剤師の方と直接関わる機会が増えていますね。

吉村教授:また、私のキャリアにおいて大きな転機となったのは、2010年の日本医療薬学会の海外派遣研修でした。この研修を通じてアメリカの薬剤師の活動を学び、視野を広げることができました。また、研修メンバーとの交流を通じて、今も継続して活動を共にする仲間ができたことは大きな収穫でした。

大垣市民病院での薬剤師としてのキャリアは、がん専門薬剤師としての活動が中心でした。しかし、管理職になると現場から離れなければならないという課題もありました。8年間の薬剤部長としての経験を経て、昨年定年退職を迎えました。ご縁があり、退職を機に岐阜薬科大学で教授としての活動を始め、母校に貢献する機会を得ています。

大垣市民病院との共同プロジェクト発足の経緯と期待する効果

TLG GROUP編集部:昨年、貴学と大垣市民病院が共同で臨床薬学研究を進める形として、大垣市民病院にサテライト研究室である「医療連携薬学研究室」が設置されたことが話題になりました。こちらの設立の経緯についてもお伺いしてもよろしいでしょうか。

吉村教授:岐阜薬科大学と病院との連携はこれまでもあり、岐阜市民病院に健康医療薬学研究室が、また、岐阜大学医学部附属病院には先端医療薬学研究室がサテライト研究室として設置されております。そういった経験もあり、私が今年度から本学に来た関係で、大垣市民病院とも連携を結ぼうということになりました。

大垣市民病院はがん専門薬剤師などの資格取得者も多く、学会発表や論文投稿などの学術活動も全国でトップクラスです。研究に興味を持っている薬剤師も多く、アクティビティの高い病院なので、連携してさらに臨床研究を発展させようということになりました。

また、私の後任の宇佐美薬剤部長は本学の出身でもあり一緒にやりたいということで連携に繋がりました。

TLG GROUP編集部:過去の経験や色々な繋がりから大垣市民病院との連携に至ったのですね。

吉村教授:大垣市民病院と連携する医療連携薬学研究室は、我々の病院薬学研究室ともう1つ、薬物動態学研究室とも連携を結んでいます。薬物動態学研究室には、北市教授がおられ、種田講師が私と同じ時期に今年度から大垣市民病院から本学に来ています。

種田講師も大垣市民病院の薬剤師と共同研究をしているので、これを機に一緒に薬物動態学研究室を交えて大垣市民病院と連携を組もうということになりました。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。この度の大垣市民病院との連携にあたって苦労された点などもお伺いできますか。

吉村教授:特に苦労した点はありませんが、岐阜市民病院や岐阜大学医学部附属病院と大垣市民病院との大きな違いがあります。岐阜市民病院と岐阜大学医学部附属病院には実務実習の学生を指導する専属の教員が配置されていますが、大垣市民病院にはそのような体制がありません。

大垣市民病院では、研究としてのサポートは行いますが、教員の派遣という形ではなく、あくまでも研究をメインでやっていくというスタンスであり、それが大きな違いです。

来年度の4月からは我々の病院薬学研究室の4年生の学生1人を大垣市民病院に派遣し、共同で研究を行う体制を整える予定です。

TLG GROUP編集部:なるほど、学生の交流も含めた連携が進んでいくのですね。

また、貴学との連携により、大垣市民病院の発展に与える効果についてもお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか。

吉村教授:大垣市民病院との連携は、研究成果も含めWin-Winの関係で進めています。

例えば、本学ではデータサイエンス研究を展開するために、大学が医療ビッグデータを保有しています。

さらに、PMDAが提供するJADERや米国が提供するFAERSといった有害事象自発報告データベースも扱えますが、これらを病院で活用するには専門的なノウハウや高性能なPCが必要です。

また、レセプトデータという購買データに関しては、大学の研究費で保有しています。しかし、これらのビッグデータは細かい情報を抽出するには限界があります。

例えば、がん治療において、抗がん剤の投与から患者の死亡までの全生存期間はビッグデータでも把握できますが、無増悪生存期間や副作用の発現、副作用の重症度などの詳細情報は得られません。

ビッグデータでは把握できない詳細な情報を得るには、病院の電子カルテから得られるリアルワールドデータが必要となります。したがって、大学と病院はお互いの情報を統合することにより、より高度な研究が可能になります。

TLG GROUP編集部:まさにWin-Winの関係で、大学側からは病院にビッグデータを提供し、病院からは大学に臨床データを提供されるのですね。

吉村教授:もう1つのメリットは、薬物動態学研究室における研究です。薬物動態とは、患者に薬を投与した後の吸収、分布、代謝、排泄という4つの過程を指します。

薬物動態学研究室では、薬の血中濃度や尿中濃度などの定量的な測定が可能です。これにより、大垣市民病院の患者に投与された薬の動態を研究することができます。

また、研究に関しては、研究の立案、方法論、データ解析、論文の書き方など大学教員の指導を受けながら研究を行うことができます。

さらに、大学との連携により、経済的なサポートも得られます。病院の研究費は限られているため、大学がサポートを行います。例えば、英語論文の投稿には英文チェックおよび投稿費が必要であり、その費用は雑誌にもよりますが30万円以上と非常に高額です。大学の支援により、薬剤師が論文を投稿しやすくなります。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。大学からの様々なサポートがあるのは薬剤師の方や学生さんにとっても心強いですね。

学生の成長を支える「医療連携薬学研究室」の教育への影響​

TLG GROUP編集部:「医療連携薬学研究室」の設立は、学生の臨床教育や研究活動の充実も目的とされているとお聞きしましたが、この研究室が学生の臨床教育や研究活動に与える効果について、吉村様のご見解をお聞かせいただけますでしょうか。

吉村教授:薬学部の学生が薬剤師の国家試験を受けるには、まず薬局と病院での実務実習をそれぞれ11週間受ける必要があります。

この実習では、例えば、調剤や医薬品情報、病棟での入院患者への指導など、薬剤師の業務を学びますが、研究活動は行われません。実習とは異なり、大垣市民病院のような研究活動を盛んに行っている病院では、学生が異なる視点から学ぶことができます。

我々が目指している薬剤師は、臨床と研究を両立させる「Pharmacist-Scientist」です。そのため、学生は薬剤師としての臨床のみならず、まずは病院での研究テーマを見つけて研究を行うことを大きな目標としています。

学生が臨床に関わることで、クリニカルクエスチョンという疑問を持ち、それをリサーチクエスチョンとして研究テーマに落とし込むことが重要です。また、Pharmacist-Scientistの観点から、学生は臨床よりも研究をメインにしてもらい、まずは研究を行いながら薬剤師のことも学んでもらうのがよいと考えています。

また、病院での患者カルテ情報を活用することも大事です。研究の観点から、いかに適切なデータを収集するかということも重要視しています。

さらに、研究によって、薬剤師の介入を客観的データで示すこともできます。例えば、胃がん手術において、手術後に再発するリスクが一定数存在します。そこで、再発を防ぐために、抗がん剤のS-1を1年間服用することになります。

薬剤師が介入する前は、副作用などにより患者が途中で服用を中止するケースがよく見られました。

しかし、薬剤師の介入により、患者の症状を詳細に把握し、必要に応じて副作用に対する支持療法薬の提案をするなど副作用マネジメントを行いました。

その結果、薬剤師の介入により、1年間継続して薬を服用できた患者の割合は、薬剤師の関与がない場合の約40%から、約80%に増加しました。

TLG GROUP編集部:素晴らしい結果ですね!

吉村教授:そのようなアウトカム研究を論文にすることも可能ですが、そのためには薬剤師の活動を十分に理解する必要があります。したがって、薬剤師の活動についても、派遣する学生にしっかりと学んでもらうことが重要だと考えています。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。研究活動の中で学生さんが特につまずいたり、課題を感じることはございますか。

吉村教授:そうですね。色々な学生がいますが、研究テーマにはしっかりと取り組んでくれますし、さらにテーマを発展させて、次の行動を学生から提案してくれたりと、先を見据えた姿勢を持っているので、あまりネガティブな印象はないですね。日に日に成長を感じます。

TLG GROUP編集部:ありがとうございます。学生さんのさらなる成長が非常に楽しみですね。

最後に、吉村様が薬剤部長としての経験を活かし、研究室の活動にどのように関与されているか、お話しいただけますでしょうか。

吉村教授:薬剤部長としての経験は、直接的に研究に関与しているわけではありませんが、薬剤部長として60人の薬剤師をまとめてきた中で、組織マネジメントやリーダーシップというのをいつも気にかけてやっていました。

一人一人と個別ミーティングの時間を作って目標設定を行いました。特に若手薬剤師は、将来のキャリアや専門領域についての目標設定を促しました。具体的にはどんな資格を取りたいのかというのを必ず掲げてもらい、それに向けて現在の状況に応じたアドバイスなども行いました。

こういったことは、将来薬剤師を目指す学生にも通じることだと思いますので、早い段階から、薬剤師としてどの分野で活躍したいかなどについて話を聞くようにして、研究活動においても、学生との情報交換をしっかりと行っています。

TLG GROUP編集部:当時は60人もの方々がいらっしゃる中で、一人一人と真摯に向き合っていらっしゃったのですね。学生さんからすると、とても有難い環境ですね。

吉村教授:また、薬剤部長であった私ができることの1つとして、これまで築いてきた人脈を活かし、学生の就職活動にフィードバックできたらいいと考えています。

現在、来年度の就職活動が進行中であり、私はある程度病院について知識があるため、学生に病院選びのアドバイスや、全国の人脈を活かして知り合いの薬剤部長との交渉などを行うことができます。

そういうこともあり、学生には就職について相談があれば遠慮なく私のところに来てほしいと伝えています。すると、数人の学生が相談に来てくれました。

TLG GROUP編集部:学生さんからしても、吉村様のサポートがあることで非常に心強いですよね。

吉村教授:大学は学生の実務実習や就職などで病院や薬局にお世話になっています。そのため、大学は薬剤師会や病院薬剤師会と良好な関係を築く必要があります。

この点でも、これまでに築き上げた岐阜県薬剤師会や岐阜県病院薬剤師会の方々との繋がりを大切にしていきたいと思います。関係の薬剤師の方々には、大学運営に好意的にご協力していただいておりますので、この場を借りて御礼申し上げます。

まとめ

TLG GROUP編集部:本日はお時間いただき、ありがとうございました。吉村教授にインタビューして、下記のことが分かりました。

独自インタビューで分かったこと
  • 薬剤師の業務は時代とともに変化し、2009年の専門薬剤師制度の導入を転機とし、薬剤師の役割が拡大し、同時に薬剤師同士の繋がりが深まった
  • 専門薬剤師制度は、がん専門薬剤師や感染制御専門薬剤師など、特定領域の専門性を持った薬剤師を育成することを目的としている。
  • 医療連携薬学研究室の設立により、大垣市民病院が持つ臨床データと岐阜薬科大学が持つビッグデータを統合し、双方の発展に繋がる。
  • 大垣市民病院と岐阜薬科大学の連携により、大学からの学術的・経済的サポートがあるため、薬剤師や学生にとって有益である。
  • 医療連携薬学研究室は学生の臨床教育と研究活動も1つの目的として設立されており、学生が臨床と研究の両方をバランスよく学ぶことが目標とされている。

2009年の日本病院薬剤師会による専門薬剤師制度の設立をきっかけに、薬剤師の専門性の意識が高まり、チーム医療における薬剤師の活動が展開されるようになりました。

また、大垣市民病院と岐阜薬科大学の連携により設立された「医療連携薬学研究室」は、臨床データとビッグデータの統合を可能にし、さらに薬物動態学研究も行え、双方の発展に寄与しています。

この連携により、薬剤師や学生にとって有益な環境が整えられるほか、学生が臨床と研究の両方をバランスよく学ぶことが期待されています。

取材・文:TLG GROUP編集部
記事公開日:2024年3月20日